部活も私生活も絶好調。

だけど・・・最近あいつの様子が変だ。
一緒にいても、うわの空だったり、何か言いたそうなのに何も言わない。

あいつらしくない態度に、俺の調子も狂う。


つき合い始めてから一ヶ月。
あいつは何を考えているのだろうか?











厳しい練習を終えて、シャワーで汗と泥だらけの体を洗い流す。

すっきりした気持ちで制服に着替えてシャワー室から出ると、自販機の前で同じ
サッカー部の連中が集まっている。

これはいつもの事なので気にもせず、自分もスポーツドリンクを買うと、幼馴染の
郁哉の横に座り込む。



「なぁ、これからみんなで飯食いにいくつもりだけど、歩も来るだろ?」

チームメイトでクラスメイトでもある、健(たける)に言われ、反射的に頷きかけ
て止まる。

「・・・あ〜・・・たぶん?」

「たぶんって何だよ?はっきり言わねぇのって、お前らしくないじゃん。」

健が気味悪い物でも見たかのような表情で俺を見る。


それを見て、不思議そうな顔をしていた郁哉は、何かに気がついて笑う。

「あ、そっか。マネージャーが来るかで決めるんだろ?まだ聞いてないけど誘うつ
もりだから、桃は歩が誘えよ。2人で帰るなら、それでもいいし。」

「そ〜ゆ〜ことか!何だよ歩、彼女と一緒じゃなきゃ来ないのかよ。友達より彼女
が大事ってか?」


からかうように言う健に、サラッと返す。

「当然。まぁ、あいつが行かないって言っても、送ってから時間があれば行く。」

「からかいがいがない上に、あっさり肯定させれるとマジでムカツク!!」

健が喚くと、郁哉は声に出して笑っていた。








「・・・彼女が大切な歩クンの為に一つ情報を提供してやろう。」

健はもったいぶった口調で言う。

「何だよ?」

「バレー部の山田の事だけど・・・知ってるだろ?」

「山田?・・・知らね。そんな有名な奴だっけ?」



郁哉に知ってるのかと視線を送れば、郁哉は知らないというように両手を広げる。


「お前らと違って有名じゃねぇよ。けど体育一緒だろ?昨日だって、バスケで対決
したし。」

健は呆れ顔で言うが、体育の授業なんて合同でも同じチームでなければ名前など聞
かない。




「バレー部ってことは加藤達のチーム・・・あぁ一人知らない奴が混じってたな。
・・・あの金髪っぽい茶髪の奴?」

昨日の事を思い出しながら聞くと、健は頷く。

「あ、わかった!ヤマって呼ばれてた、あいつかぁ。でも、それが何?」

クラスは違っても、体育は合同の郁哉が首を傾げる。


「そいつさ、俺と去年おなクラだったんだ。まぁ、俺はたいして仲良くはなかった
けどな。」

                **** おなクラ=同じクラス ****

健はニヤニヤ笑いながら話し出す。




「それで?」

何が言いたいのか分からないので、郁哉は不思議そうな顔のままだ。

「・・・桃と一緒だったって言いたいんだろ?」

もったいぶって、なかなか健は言おうとしないので、代わりに俺が言う。


「そ〜いえば、健と桃って、1年からずっとクラス一緒だったんだっけ?」

郁哉はやっと思い出したらしい。






「で?・・・それと山田と、どう関係があるんだよ?」

先が読めてきて、無意識に声が低くなる。

健は面白そうに俺を見ていて、郁哉は俺の様子で察したらしい。


「まぁ・・・桃と仲がいいって言うよりは、あいつが声かけてるだけなんだけど。
サッカー部以外のやつらは、お前らがつき合ってる事知らないみたいでさ。隣の
クラスの奴らは、山田が春休みまでに告るって言ってるのを応援してるらしいぜ。」





その言葉に俺が黙り込むと、郁哉がチラリと視線を寄越してから言う。

「お前は、歩のこと教えなかったのか?」

「俺はクラスのバレー部の奴に聞いたから、そいつには教えたけど本人に伝わって
るのかは知らねぇ。そいつも応援してたらしくてさ、うちのクラスの女子がみんな
でバレー部の試合見に行こうって計画立ててるのは、その為らしい。」


「うちのクラスの奴?」


バレー部は4人いるから、その内の誰かか・・・全員か?


俺の考えを読んだらしい健は、相手の為にも誰から聞いたかは教えないと言う。








「まぁ、桃はそんなんで流されるような奴じゃないから心配いらないけど・・・。」

郁哉は、何か言いたそうに俺を見る。

「何だよ?」

「・・・問題はお前だよな。山田に何かするなよ?」

郁哉の中で俺がどう思われてるのかが、実によく分かる言葉だ。



「どういう意味だ?」

俺がムッとして言うと、郁哉は苦笑いをしている。




「桃は鈍いし何も気づいてないみたいだけど、山田以外にも狙ってる奴が結構いる
らしいから、お前が気をつけてやれば?」

健の言葉に、眉間に皺をよせる。


「俺と桃って、そんなにつき合ってる様には見えないのか?」


「仲いいのはわかるけど。お前らが2人きりでいるのって部活帰りだけだろ?サッ
カー部が終わる頃には、他の生徒いないからな。俺達からすれば、入学時から公認
カップルみたいな感じだけど・・・部外の奴らには、わかり難いのかも。」




「それに、お前のバレンタインの態度がなぁ。」

健が呆れたように言うが、意味が分からない。

「バレンタインが、なんで関係あんだよ?」


「うちの部の期待を背負ってるだけあって、お前らかなりもらってただろ?」


郁哉と俺は、中学でも全国大会に出た経験もある。
高校は当然のようにサッカー推薦で進学した。

そのせいか、入学時から期待されたり、嫉妬されたりと注目されていたので、学校
では、こっちが知らなくても、向こうは俺の名前も顔を知っているという事はよく
ある事だ。

バレンタイン当日も応援しているからと言いながら、チョコレートを渡してくれた
女の子は、一人や2人じゃない。






「それはそうだけど・・・あんなん義理チョコじゃん。応援してくれてるってだけ
だろ?」

郁哉が言うと、健は深く溜息をつく。

「口実に決まってるだろ。もちろん全部が本気ってわけじゃないだろうけど。お前
は分かってたんだろ?」

健は俺を見ながら言う。




そりゃ、相手の目を見れば本気か義理か・・・大抵わかる。



「・・・俺は義理しか受け取ってねーよ。」

呟くように言うと、健は意外というような顔をし、叫び出した。

「え?!あんなにもらっといて、断ったのもあるのかよ?!世の中絶対不公平だ!
こんな自己中ヤローがモテて、なんで優しい俺がモテないんだぁ〜!!」





・・・コイツが普段俺をどう思ってるのか、よく分かった。あとで覚えておけよ。


心の中で呟いていると、郁哉がすごいな、と言った。


「何がだよ?・・・俺よりお前の方がもらってるだろ?」


事実、俺は普通の男よりはもらえたが、別に持ち帰れない程とか漫画やドラマみた
いに異常にもらえたわけじゃない。せいぜい20〜30個ってところだろう。

しかも、そのうち半分はクラスの女子とマネージャーからの義理チョコだ。


郁哉は違う。それこそ数えるのも億劫になるくらいだ。

家に持ち帰るのを手伝ったご褒美と称して、詩織が“少し”分けてもらった数です
ら10個は越えていた。





俺の考えを否定するように、郁哉が首を振る。

「そうじゃなくて・・・義理かどうかなんて分かんないってこと。みんな同じセリ
フで同じように渡してくるだろ?詩織とかのは義理だって分かるから、同じかなっ
て思うじゃん。」


「詩織と一緒にしたら、他のやつが可哀想だろ・・・つーか、俺は確認してから
受け取るし。」


「確認?」

「そ。受け取るときに『義理でもうれしい。』って言えば、いいだけだろ。」


“義理”の部分を強調する事がポイントだ。




「・・・・・違うって否定されたら?」

答えがわかっているのだろう、健は引き攣った笑顔で言う。

「もちろん『受け取れない。』って返すだけだ。」

可哀想に・・・と呟く健、郁哉も苦笑している。

「そうだな。義理じゃない、なんて言われて受け取ったらマズイよな。・・・でも
その言い方だと無理やり義理にしてる気がしなくもない、けど。」











「つーか、俺だって気を使ってるんだぜ?なのに、なんでバレンタインでマズイっ
て事になるんだ?」

俺が言うと、健は乾いた笑みを浮かべる。

「いくら義理でも、あんだけもらってれば誰だって特定の相手がいないって思うん
だよ!だいたいお前、桃の前でも当たり前のように受け取ってたじゃん。彼女の前
で他の女から受け取るなんて論外だ!」


羨ましいんだコノヤロー、と八つ当たり気味で体当たりしてきた健を交わす。



「クラスの女子が集団で持ってきたのを受け取って何が悪い。桃だって、何でもな
い顔してただろ!」


俺が不貞腐れたように言うと、郁哉が笑ってる。

「お前はそれが不満で、わざとらしいくらいに笑顔で受け取ってたわけか。」






「甘いもの嫌いの歩が珍しく作り笑いしてまで愛想よくしてたのは、桃に・・。」

言い終わる前に郁哉の足を軽く蹴るが、郁哉の笑いは治まっていない。

これだから幼馴染ってやつはタチが悪い。
互いの考えが分かるというのは、サッカーでは利点だが私生活では不利にもなる。

健まで、いい事を聞いたとばかりにニヤついている。




「しょーがないな。桃にベタ惚れな歩の為に、俺達は先に行ってるから2人でゆっ
くり来いよ。」

からかうように言って健が立ち上がると郁哉も立ち上がり、部室に溜まっていた二
年の男子に声をかけている。


否定するタイミングを失った俺は、ゆっくりと立ち上がると桃の姿を探した。









桃は見当たらなかったが、同じ二年マネージャーの真部祐希が歩に近寄ってきた。

「御堂!監督が、さっさと日誌持って来いって言ってる。早く持って行ったら?
今なら途中で面白いものも見れるかもしれないし。あ、御堂にとっては不愉快な
ものかな?」

祐希はニヤっと笑う。

「俺には不愉快?」

検討がつかない話に、首を傾げる。



「えっと・・・なんて名前だっけ。山田?って人が、桃に話しかけるタイミング
見計らってたから、今頃2人で仲良くお喋りしてるんじゃない?」



・・・どうやら、祐希が知ってるくらいには山田も有名らしい。



これは早いうちに潰すべきだよな。



物騒な考えが頭を過ぎると同時に、俺は動き出していた。





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