本日最後の授業終了のチャイムが鳴ると、先程までの眠気が嘘のように吹っ
飛んだ。

グッと伸びをしてから帰りの支度を始めていると、一人挟んで隣の席にいる
たけるに呼ばれて顔を上げる。


「今日どうする?」


いつもなら真っ先に部室に向かうが、今日は部活がない。

部活がなくても帰りには部室に集まってるから、今日も集まるか聞きたいの
だろう。


「今日はパス!」


右手を払うように振って、拒否を示すと健は何も聞かず頷いてから前を向い
た。








担任の短い連絡事項を聞いて、解散になる。


「じゃぁ、また明日な。」

「ああ、また明日。」


健は俺に挨拶をすると、さっさと教室を出て行った。

あいつが断った理由も聞かずにあっさり帰るのは珍しいが、俺の用事が何な
のか察しがついてるからかもしれない。


そうだとすれば、きっと明日は黙っていないだろうな。

小さく溜息をついて立ち上がると、エナメルの大きな鞄を肩にかける。









教室の後ろの方の席を見れば、桃が隣の席の奴にノートを見せて何かを教え
ていた。

桃は純粋に聞かれたことに答えているだけだし、相手の男も真剣に話を聞い
ているようだから、他意はないはずだ。


けれど2人が必要以上に近いような気がして、おもしろくない。
心が狭いと自分でも思うが、例えクラスメイトだろうが桃に近寄る男は気に
食わない。

きっと今の自分の顔は無表情だろう。

もともと愛想が良い方ではないが、気に食わない事があると表情が消えるか
眉間に皺が寄ると幼馴染の郁哉から何度も指摘されている。

けれど、不機嫌を隠す気もないので、そのまま桃の前まで行く。







近づいた俺に気がついた桃は、嬉しそうな笑顔を俺に向けた。
それだけで機嫌が直る俺は、結構単純だと自分でも思う。


「帰るぞ。」


俺が言うと、桃は頷いて席を立つ。


「うん!・・・後は教科書読めば分かると思うから、また分かんなかったら
聞いて。」


隣の席の奴にそう告げると、桃は鞄を持って俺の顔を見た。


「帰ろっか。」






2人で歩き出すと後ろから大きな声で呼び止められた。


「え?!お前らってつき合ってたの?!」


その声にまだ教室に居た生徒がこっちを見たことも分かったが、俺は気づか
ない振りして桃の手を握った。


「あ、歩?!」


急に手を握られて、桃は真っ赤になった。


「知らなかったのか?俺達2年の冬から付き合ってる。」


俺があっさり認めると、周りが騒ぐ。
質問攻めになると面倒なので、俺はそのまま真っ赤になっている桃の手を引
っ張って教室から出た。

なにやら大騒ぎになっているのが廊下まで聞こえてきたので、俺達がつき合
っている事を知っていた人は少なかったらしい。



特に言いふらした訳ではないが、隠していたつもりもないのに何んでだ?




そう考えてから、かなり前に健が言っていた事を思い出した。
俺達が仲いいと知ってても、2人きりでいるのは部活の時だからサッカー部
以外はつき合ってるとは思ってないらしい。

だから未だに告白してくる女子がいるわけだ。
彼女がいるからと断っても、信じてくれなかったし。


桃とつき合ってるからって、断れば良かったのか?


そんな事を考えていると、桃が不安そうな顔で見てる。


「いいの?」

「何が?」


俺が首を傾げて桃を見れば、桃は困ったような照れたような顔をしている。


「だから・・・私が彼女だって、みんなにばれちゃったよ?」

「別に構わないけど・・・お前は秘密にしたかったのか?」


俺とつき合ってるってばれると何か困るのか?


「ううん。・・・歩が嫌じゃないなら、いい。」


桃は笑顔を向けると、繋いだ手をギュッと握った。










学校から歩いて5分のところにある駅。
部活がある時は人気がないホームは、今は同じ学校の生徒で溢れている。

手を繋いだまま電車を待っていると、あちこちから視線を感じる。
桃は恥ずかしいらしく手を離そうとしたが、俺は手の力を緩めなかった。

明日になったらどうせ教室での事が噂になってるだろうし、こそこそする必
要もない。

俺が手を離す気がないと分かると、桃は困ったような顔をしたが、どことな
く嬉しそうだから、満更でもないのだろう。







桃の家の最寄の駅と、俺の家の最寄の駅は二駅しか離れていない。

だからつき合う前から帰りは一緒に帰っていたし、行きも偶然同じ電車に乗
ったときは一緒に通っていたが、当然郁哉も一緒だった。

けれど、つき合いだしてからは桃の家まで自転車で迎えにいき、駅まで歩い
て、一緒に通うようになった。帰りは当然家まで送っている。











電車から降りると、賑わっている駅前を並んで歩いていると、桃が立ち止ま
った。

手は繋いだままなので、すぐに気がつき桃を見ると、CDショップの方を見て
何か考え込んでいた。


「欲しいCDでもあるのか?」

「え?う〜ん。私じゃなくて、もみじが欲しがってたのを思い出して。」


関矢椛は桃の弟で中学2年生で、四歳年下の弟を桃が可愛がっているのは知
っている。


「椛が?あいつどんな音楽聞いてんの?」


俺が椛と話す時はもっぱらサッカーの話題で音楽の話などしたことがない。
何となく聞いてみると、桃が困ったような顔をする。


「椛が好きってゆ〜か・・・椛は歩に憧れてるし、歩が試合前に聞いてる曲
が知りたいから買ってきてって言われたの。」

「俺が聞いてるやつ?それなら貸すけど。・・・どうするんだ?」

「なんかね、同じ曲聴けば歩みたいにプレーできるかもって思うみたい。そ
れに、緊張も和らぐみたいだし。」



桃は呆れたような表情で言った。

椛が俺に憧れてるのは知ってたけど・・・。


まぁ、そんな事で緊張が和らいでイイプレーが出来るならCDなんかいくらで
も貸してやるけど。


「悪いけど、今度CDもってきてくれる?」

「ああ、わかった。・・・CDショップ行かなくていいなら、そこの店入って
いい?」



目の前にあるスポーツ用品店を指差すと、桃は頷いた。


「何か買いたいものがあるの?」

「そろそろスパイクの替え時かと思って。公式戦は当分の間ないし。」

「そっか。じゃぁ、ついでにシップとか買い足しておこうかな。」











店に入ると手を離し、一人でスパイクの方へ歩き出す。

愛用してるメーカーの最新モデルをチェックするが、何となく気に食わない。
思い切って別のメーカーのスパイクにしようか・・・。


そんな事を悩んでいると、隣に店員がやって来た。

買い物中に店員に話かけられるのは好きじゃないので、どうやって断ろうか
と顔を上げる。



「・・・・・・・シュウ君?」

「お、さすが歩!」


俺の肩を叩きながら嬉しそうに笑う。

「俺がしょうじゃなくてしゅうだと一瞬で見分けれる奴は少
ないんだけどな。」



柊は桃の二番目の兄。
樵は関矢家の長男で、柊とは同じ歳だが双子ではない。

樵が4月生まれで柊が3月生まれなので学年が被ってしまったらしい。


おまけに2人は顔も背格好もそっくりで、双子だと勘違いする人も多い。



「今日はバイトの日だったんだ?さっき見渡したとき居なかったから、休み
だと思った。」

「もうバイトは終わった。居なかったのは、さっきまで裏で帰る支度してた
からだろ。で、お前は何悩んでんの?」


俺が持っている二つのスパイクを覗き込んで柊が聞いた。


「いつもなら、こっちで決まりなんだけど・・・なんかシックリこなくて。
だから、こっちにしようかと思ったけど高いし。迷ってんの。」

「それ、樵もこの前悩んでた。結局、樵はこっちにしてたぜ。あいつは値
段なんか気にしねぇし、履き心地も気に入ってたみたいだ。」

「そっか。じゃぁ、俺も樵君と一緒にすっかなぁ。」


と言いつつも決心がつかない。



高校生が即決できるほどスパイクは安くないし、かといって大事な足を守る
スパイクだから、値段で決めるのは気が引ける。



俺が真剣に悩んでいるのを見て、柊は笑う。


「しょうがねぇな。我が母校の勝利に貢献している歩君の為に俺が特別価格
で売ってやろう。」

「特別価格?」

「ああ、一万でいいよ。あとは俺が払ってやるから。」

「え?!いや・・・でも、柊君に悪いし・・・。」

「いいって。バイト代入ったばっかで金あるし。おまけに社割使えるから
そんなたいした額じゃない。お祝いってことにしてやるよ。」



ニッと笑って、柊はスパイクを持ってレジに向かい、さっさと会計を終えて
スパイクの入った袋を差し出した。

ここまでしてもらって迷ってるのはかっこ悪いので、俺はしっかりと頭を下
げてお礼を言って受け取った。

もちろん一万円はちゃんと支払って。






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