合宿二日目の夜。

今日は一日で2試合をこなし、その後もミニゲームを時間がある限りこなして、
流石に疲れきった選手達は風呂に入ってご飯を食べてると、すぐに部屋に戻って
行った。

マネージャー達は食事の後片付けの後、ユニフォームの泥を落としておく。

その後は、各自頼まれた仕事をこなし、マッサージを行ったりしていたら、いつの
間にか夜の10時近くなっていた。

明日も朝の7時には朝食をとる為に、6時には起きて手伝いをするので、選手に
はなるべく早く寝るように言うと、マネージャー5人でお風呂へ向かう。











温泉をひいているというお風呂は広く、一日のうちでご飯の次に楽しみだ。
一日働いて疲れた体を、熱いお湯で解していくのは最高に気持ちいい。



泳ぎだした留美を諌めながら、グッと伸びをすると詩織が横にやってきた。

「あの、髪の毛に少し触ってもいいですか?」

「いいよ?」

何故そんな事を頼むのかと、不思議に思いながらも断る理由もないので許可すると
詩織は嬉しそうに手を伸ばした。

「桃先輩っていつから髪伸ばしてるんですか?」

「ん〜と、一年の時の夏からかな。」

「それまでは、短いときもあったんですか?ショートカットの桃先輩も見てみたい
なぁ。」

話を聞いて寄ってきた咲がのんびりとした口調で言う。



「高校入った頃は、肩までくらいしかなかったよ。中学の時もショートカットから
肩に触れるくらいまでしかなったし。」

その言葉に、祐希が頷く。

「そういえば、そうだったよね。あの時は私の方が長かったし。」

「そうなんですか?!髪長い先輩しかしらないから想像できな〜い。」

いつの間にか、留美も傍にいて話に入っている。




「どうして髪を伸ばし始めたんですか?」

詩織が興味深そうに聞いてくる。

「なんでって・・・な、なんでだったかなぁ。」

思い出せない振りをしてみたが、嘘をつくことは苦手なせいか、みんながジッと
見ている。



「桃って・・・分かりやす過ぎ。髪を伸ばしたのは御堂に何か言われたから?」

祐希が言うと、詩織が「やっぱり!」と声を上げた。

「何々?詩織は何か知ってるの?」

留美が言うと、詩織は頷く。



「ずっと前、お兄ちゃんに『どんな時に髪を切る?』って聞かれたことがあって、
私はイメチェンしたい時とか、鬱陶しいって思った時って答えたんだよね。」

「それで?先輩は何て言ったの?」

咲が急かす様に聞く。

「そしたらね。『でもせっかっく綺麗なのに、切ったらもったいないよなぁ。』
って呟いてさ。あの兄からそんな言葉が出てくるからビックリして、郁君に聞い
てみたわけ。」







『最近、郁君達の周りで誰か髪を切った女の子いる?』

『なんでそんな事聞くの?』

郁君は不思議そうな顔をする。

『だって、お兄ちゃんが・・・。』

そこまで言うと郁君は笑う。

『あいつ、まだ気にしてるんだ?よっぽど気に入ってたんだな』

『気に入ってたって?』

『うちのマネージャー。肩の辺りまであった髪をショートカットにしたんだよね。
それはそれで似合ってるんだけど、歩のやつは切らない方がよかった、もったいな
いって残念そうに言ってたし。』

『それって、そのマネージャーの人にも言ったの?』

髪を切って、切る前の方がよかったなどと言われたら、大抵の女性はショックを受
けるだろう。

『さぁ?どうだろう。喧嘩した様子もないし、さすがに本人には言ってないんじゃ
ないかなぁ。』







「って郁君は言ってたけど・・・バカ兄は桃先輩に言ったんですか?」

詩織の言葉に、みんながこちらを向く。

「そんな風には言われてないよ。ただ・・・歩が褒めてくれたの。」

「褒める?って髪を?」

祐希が要領を得ない様子で言う。

「うん。」

「わ〜!気になります!!なんて褒められたんですか?!」

留美が身を乗りだして言う。

「あのね・・・綺麗って言ってくれたの。」






『綺麗だよな。』

突然、隣にいた歩が呟いた。

『え?・・・綺麗って何が?』

『髪。』

『紙?』

歩の言っている意味が分からず首を傾げていると、少し笑った歩が手を伸ばして髪
に触れた。

『髪・・・な。』

突然の行動にパニックになるが、振り払うことも出来るはずがなく、されるがまま
で固まってしまう。

『髪って・・・私の髪?!』

『そう。・・・でも切っちゃったんだな。』

残念そうに言われて、不安になる。

『え?・・・短いのは似合わない?』

『そうでもないけど。・・・ただ俺が長い方が好きなだけ。』

『歩が?』

『ああ。お前の髪、伸ばしたら綺麗だろうなって思ったから。見てみたいし、伸ば
せよ。』

『は?・・・歩の為に?』

『そう、俺が見たいから。だから伸ばせ。』

歩はそれだけ言うと、髪から手を放した。







「それで髪を伸ばすことにしたんですか?!」

詩織に聞かれて頷くと、隣で祐希が呆れた顔をする。

「御堂って、俺様なとこあるよね。つき合ってもいなかったのに、俺の為に髪を伸
ばせなんて・・・よく言うなぁ。」

「でも、好きな人にそんな事を言われたら、伸ばしちゃいますよね!綺麗なんて褒
められたなら尚更ですよ。」

留美の言葉に、咲も頷いている。

「でも、それだけ?・・・それだけで今までずっと伸ばしてたの?髪が伸びてから
御堂は何か言ったわけ?」


「それだけっていうか・・・。」

「わ〜!まだ何かあるんですね!!教えてください!」

恥ずかしくて、言いたくないので逃げようとするが、祐希に腕をしっかりと押さえ
られて動けない。

「ここまで言ったんだから最後まで言いなさいよ。惚気聞いてあげるから。」


楽しそうに言う祐希を軽く睨むが、祐希は気にした様子はない。




「だから、伸ばせって言われた日から、その・・・歩がよく触るから。」

「「「「さわる??」」」」

見事にみんなの声がハモる。

「髪に触れるの。その手がすごく優しいから、その・・・。」


「つまり、桃は歩が優しく髪に触れる瞬間が好きなんだ?・・・それで、髪を切っ
ちゃうと触れられなくなるかも、って思うから切りたくない?」

その言葉に頷くと、留美が騒ぐ。

「御堂先輩ってそんなに、優しく髪に触れるんですか?それってなんか・・・。」

「何?」

「だって、髪に触れるって愛情表現の一種ですよね??」

「っていう事は・・・御堂先輩もずっと桃先輩が好きだったのかなぁ。」

留美の後に続くように、咲が言う。

「そうかも。お兄ちゃんが人の格好を気にするなんて、桃先輩が初めてだったん
じゃないかな。サッカー以外のことはどうでもいいって人が、髪の毛にこだわる
くらいだし、桃先輩の事を気にしてた証拠ですよ。」



詩織の言葉に嬉しく思いつつも、恥ずかしさから俯いているとみんなが髪に触れる。

「これが御堂先輩お気に入りの髪なんですね。私達が触ったら怒るかなぁ。」

咲が言うと、祐希も笑って言う。

「私達なら、かろうじて許してくれるかも。でも、他の男共が触ったら怖そ!」

その言葉に留美が嬉しそうに、はしゃいで言う。

「『俺のものにさわんじゃねぇよ』みたいな感じですかね。見てみたいけど、チャ
レンジしてくれる勇気ある青年はいないだろうなぁ。」

「郁君なら、やれるかもしれないけど。『俺は歩のものに手を出したりしない』
って笑って断られちゃうかな。」

詩織まで悪乗りして言う。



「みんなが言うほど、歩は独占欲ないよ。・・・だから髪に触れたくらいで怒った
りなんか・・・。」

そういうと、4人全員に溜息をつかれた。

「桃ってば、どうして気がつかないかなぁ。サッカー部以外の男子が桃に近寄れな
いのは何でだと思ってるの?」

「え?」

「そうですよぉ。私達が入部した時も、桃先輩に言い寄るなんて考えないように、
牽制してたじゃないですか。」

咲までも何言ってるんですかと、いわんばかりの顔で言う。

「ええ?牽制?」

「わ〜、ホントに気づいてなかったんですか??今日だって、他校の人が先輩に
アド聞こうとしてたの邪魔してましたし。」

留美は、なんで気がつかないんですか〜と騒ぐ。

「え?!いつ?!」

「お兄ちゃんの努力に気づいてあげて下さい。さすがに・・・少し可哀想。でも、
そんな桃先輩だからこそ、お兄ちゃんも一生懸命護ってるんでしょうね。」

「そう、そう。桃がぼんやりしてるから、変な男が近寄ってこないように、御堂も
必死なんだろうし。」

「御堂先輩の努力が無駄にならないよう、私達も協力して桃先輩を護りましょ〜!」

留美が言うと、3人が頷く。

一人取り残された私は、何がなんだか分からず唖然としていた。





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