春休みになって、1週間の合宿へ行くこととなった。


ただでさえ短い春休みに、一週間も部活で潰れるのは悲しいが、合宿でみんなと一
緒に居られるのは嬉しい。

といっても昼間は洗濯、マッサージ、差し入れ、掃除などなどの重労働もあるので
マネージャーといえど楽ではない。




それでも、夜にはバーベキューをしたり暴露大会をしたり、肝試しなどの、お遊び
をすることは監督にも許可をもらっているので、楽しみだったりする。


それに、ほとんどが練習試合で、ただ練習に明け暮れるより部員たちも楽しいらし
く、一週間サッカー漬けでも苦しくはない。

練習試合に負けたらペナルティで、ダッシュさせられたり、目立つミスをしたら荷
物持ちにさせられたりと、いった罰ゲームも選手達の間では習慣になっており、そ
れすらも楽しんだりできる。


今回行く場所は天然温泉も出る所なので、マネージャーのみんなでお肌が綺麗にな
る温泉に入ろうと密かに計画を立てているのだ。











朝の9時に学校へ集合すると、3時間かけてバスで移動する。
バスの中ではお菓子を食べたり、曲を聴いたり、各自で楽しんでいる。



後ろの方の席に座り、隣には真部祐希が座っている。

前の列と通路の向こう側の席には誰も座っていないが、後ろの席には後輩マネージ
ャーの飯田留美と武藤咲が座り、留美の通路を挟んだ隣に御堂詩織がいる。











女の子の話題といえば、当然恋の話になるわけで・・・・。


「桃先輩達って、つき合い始めて二ヶ月以上経ちますよね?御堂先輩って2人きり
の時どんな感じなんですか??」

留美は立ち上がり、私の背もたれの上に顔を出すと興味津々の様子で言う。



「あ、それ!私も興味あるかも!御堂って、2人きりだと優しくなったりすんの?」

窓の外を見ていた祐希を振り返って聞く。

「え?別に・・・普通だよ。」


誰かに聞かれていないかと、視線を前の方に移すが、男子は男子でゲームで盛り上
がってるので、こちらの方を気にしている人はいない。


歩は桃の斜め前に座っていたが、こちらの声は聞こえていないらしく、幡野郁哉や
伊東健といった、同学年のみんなでトランプをして盛り上がっている。





そのことにホッとしつつも、自然と斜め後ろにいる御堂詩織の方を見てしまう。


うちのサッカー部の上下関係は仲がいい。
強いところほど上下関係が厳しかったりするが、この部はそんな事もなく、本当に
仲がよかった。

マネージャー同士も仲がよく、練習帰りに一緒に買い物へ行ったり、ご飯を食べに
行くのもよくあるし、金曜日の夜は誰かの家で泊まって、次の日一緒に部活へ行く
事もある。




だけど、詩織の前で歩の話をするのは、未だに抵抗がある。


詩織には前から歩が好きな事を言っていたし、つき合った時もすごく喜んでくれた
から、気にしなくてもいいのかも知れないが。


やっぱり歩の妹に、歩の話をするのは・・・。







そんな思いを知ってか知らずか、祐希と留美の質問は終わらない。

「普通ってみんなの前と態度変わらないんですか〜?え〜じゃぁ、どんな顔して好
きって言うんです?」

「御堂が甘い言葉を言うとか・・・想像できな〜い!」



2人が騒ぐと、横で静かに聞いていた咲もおっとりとした声で言う。

「御堂先輩って冷たい方ではないですけど、天邪鬼なところがありますもんね。」

「咲ってば優しい顔して結構言うわね。ね〜詩織、御堂先輩って家では優しいの?」

「普通?あ、でも頼みごとは結構聞いてくれるよ。その時は文句も多いけど。それ
に郁君の方が断然優しいもん。」



「うわ〜出た!詩織って実の兄より、幼馴染のお兄様にベッタリ!でも惚れてるわ
けでもないんでしょ?」

祐希の言葉に、詩織は照れもなく頷く。

「はい。ブラコンってやつです。家隣だし、ホントに兄が2人いるみたいな感じな
んで。でも実の兄より郁君の方が断然好き!だから、お兄ちゃんに桃先輩みたいな
可愛い彼女がいて、郁君に彼女いないのが不思議なんです。」





「御堂先輩も人気あるけど・・・キャプテンの人気は確かに凄いですよね。優しい
し、背が高いからかなぁ。」

咲が言うと、留美が大きく頷く。

「キャプテンの優しさはイイですよね。御堂先輩はカッコイイけど、知らない子は
怖いって思ってるみたいですよ。別に怖い先輩ではないのに、なんででしょう?」

「御堂の優しさってわかりにくいし。でも桃はそんなとこに惹かれたんでしょ?」

祐希がニヤニヤ笑いながら言う。

「きゃ〜!そうなんですか?!・・・たまに見せる優しさにドキッとしちゃったみ
たいな?」

留美が大はしゃぎで言う。




「そんな事言ってないじゃない。勝手に話進めないでよ。」

ちょっとムッとなって言うと、祐希が更に聞いてきた。

「じゃぁ、どこに惚れたの?」

「どこって・・・。」

ふと見ると、祐希と留美どころか詩織も咲も身を乗り出して、桃の言葉を待ってい
る。





「そんなのわかんないよ。・・・いつの間にか好きだったんだもん。」



恥ずかしくなって真っ赤になって俯くと、みんなが小さく溜息をつく。


「桃先輩って普段ハキハキしてるのに、恋バナになると照れ屋で可愛い!!」

「うん。桃先輩可愛い!やっぱりお兄ちゃんにはもったいない。」

「でも、とてもお似合いのカップルだと思います。」

「御堂は桃のこ〜ゆ〜所に惚れたんでしょ?」



みんなの言葉が自分に向けられているにしては、少し変だなと思った時には頭の上
が重くなった。


視線を上に向けると、笑っている歩の顔がある。





歩は腕を桃の頭の上に置き、軽く体重をかけている。

「重い!」

と文句を言うと歩は腕を退けて、通路の向こうの肘掛に腰を下ろす。

「ってか、お前ら何の話で盛り上がってたわけ?俺のことも話してたろ?」

歩が言うと、祐希が笑顔で言う。

「御堂が桃と2人きりの時に、どんな顔して愛を囁くのかなって話てたの。桃は教
えてくれないんだよね〜。」



「女子ってそういう話好きだな。・・・つーか、俺にそのての話を期待すんのは間
違ってんだろ。」

歩は呆れ顔で言う。


「そうだけど・・・ってゆ〜か、どうやってつき合いだしたのかも、桃ってば教え
てくれなかったんだよね。御堂から告ったんでしょ?なんて言ったの?」

「別に、普通に言っただけ。詳しく知りたきゃ、今日の夜のゲームで王様にでもな
れば?王様ゲームもやるらしいから。」


「そうしたいのは山々だけど、御堂って悪運つよくて、そういうのの餌食になんな
いじゃん!」

祐希が悔しげに言うと、歩は笑った。


「そうでもないぜ?」


歩はそれだけ言うと、桃の腕を引っ張って立たせる。







「何?」

楽しげに笑っている歩が、何をする気なのかと不安に思いながら立ち上がる。

周りを見ると、マネージャーのみんなはもちろん。
さっきまで歩とゲームをしていた数人の部員たちもこっちを見ていた。

「俺さ、珍しくぼろ負けしちゃったんだよね。」

歩が言い出した言葉に、首を傾げる。
歩がゲームに負けたことと、立たされたことに何の関係があるのだろう。

「当然罰ゲームがあるんだけど、お前に協力してもらわないと出来ないから。」








嫌な予感がして逃げようとしたが、通路には歩がいて、後ろには椅子があり、横に
は楽しそうに成り行きを見守っている祐希がいる。

当然、逃げ場などなく、あっさりと歩に捕まる。



慌てている様子が面白いのか、罰ゲームをしているはずの本人は楽しげで、巻き込
まれた方がよっぽど困っている。





歩の右手は腰の後ろへ回り、左手は頬にあてられると、後ろで留美がキャーと騒ぎ
だす。

その声で前の方の席にいた部員たちも振り返っていたのだが、歩に抱きしめられて
なお且つ至近距離で見つめ合わせれている状態なので、自分の心臓の音が煩くて周
りの声など聞こえていない。






「あ、歩?あの・・・離して?」

その願いはあっさりと却下される。

「無理。罰ゲームはしっかりこなさないと、後であいつらが煩いし。」



こんな状態でも余裕の表情の歩は、楽しそうな笑みを浮かべて言った。



「罰ゲームは顔のどこかにキスする事なんだけど、どこがいい?」

「キ、キス?!」

「そう。どこがいい?」

「どこって・・・。」



人前でキスされるなら、たとえ頬でも恥ずかしい。


そんな私の考えを見透かしている歩は、少し笑うと、頬にあてていた手を放し、前
髪を掻き揚げておでこに優しくキスを落とした。


そして、真っ赤になって固まってる私の頭を優しく叩くと、耳元で「ありがとな」
と囁いてから、もと居た席に戻って行った。






恥ずかしさのあまりに誰の顔も見れなくて、椅子の上で丸くなっていると、横から
祐希の声が聞こえる。


「御堂って、ああゆう事はあっさりやるんだね。ってゆ〜か、慌ててる桃が可愛く
て仕方ないって感じ。」

「お兄ちゃんって、結構子供っぽいとこあるから、好きな子ほど苛めたいって感じ
かも。」

「それに御堂先輩が桃先輩にチョー優しく触れてましたよね?!愛されてる感じで
いいな〜。」

留美が言うと、咲も同意する。

「うん。桃先輩を見る瞳は優しかったよね。」




楽しげに盛り上がる4人。






その4人の横で、熱くなった頬を手で冷やしながら、一生懸命騒ぐ心を落ち着かせ
ようとする。


しかし、忘れようとしても忘れられない。


抱きしめられた時の暖かさと、触れる手の心地よさ。

意地悪だけど、触れる唇はとても優しかった。



その感触を思い出して、再び熱を持ち始めた顔には、無意識に笑みが浮かんでいた。







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