春が過ぎて、新入部員たちもようやく部活に馴染んできた。



そして、その頃になってようやく新入部員の歓迎会でも行おうという話になり
キャプテンである幡野郁哉とマネージャー代表の関矢桃の2人は昼休みに部室に
来ると、相談をする事となった。




「今年は結構入ったね。仮入部から本入部の間で止めちゃったの7人だけだし。」

「そうだね。夏まで何人残っているのか・・・って感じだけど、今年の1年は結構
手ごたえありそうな予感するし。」

「幡野君もそう思うんだ。そっか。うちの部もまだまだ強くなれそうだね。」

嬉しくなってガッツポーズを作ると、郁哉も嬉しそうに笑った。


「幡野君“も”って言う事は、歩もそう言ってた?」

「うん。なんか滝川君と争えるくらいのFWになりそうな子がいるって。
『俺のアシストを引き出せる様に精々努力しろ』なんて言ってたけど・・・。」





その時の、歩の嬉しそうな顔を思い出す。

嬉しくて仕方がないくせに、素直じゃない歩は捻くれた言い方しか出来ないのだ。




「素直じゃないな。嬉しいなら嬉しいって素直に言えばいいのに。」

「まぁ、歩だしね。素直になったらそれはそれで変だし。」

桃の言葉に郁哉は苦笑する。

「あいつは捻くれてるからな、今だって本当は・・・・。」

「今?」





歩はさっきまで、一人部室の前でリフティングをしていた。

それを見かけた滝川康広が「歩さ〜ん、俺も一緒にやりたいで〜す!!」とか
叫びながら駆け寄ってきた事で、サッカー部の後輩達が集まり出し、今はミニ
ゲームのような事をして遊んでいる。



歩と郁哉は中学の頃から地元では名前が通っている選手なので、2人に憧れて
サッカー部に入った者は多く、少しでも一緒にプレーをして多くのものを教え
て欲しいらしい。



愛想がない歩よりも穏やかな郁哉に教えを請う人が圧倒的に多いのだが、康広は
性格のせいか歩に声をかけては冷たくあしらわれ、しかし、めげずに教えてと連
呼するので最終的には歩が折れる、というのが去年からのパターンだった。







「歩って後輩からは敬遠されやすいタイプだし、後輩ができる時はどうなるか心配
したけど、滝川君のおかげで杞憂に終わったし。」

「歩は面倒見いいけど、愛想がないから。中学の時は後輩と打ち解けるまで結構か
かったな。」


中学時代の歩は、どんな風に後輩と接していたんだろうか。

2人と同じ中学の後輩に今度聞いてみようかな。






「それより、歓迎会やる場所はどこにする?去年のように店を予約してもいいけど
あんまり騒げないし、教室でも借りた方がいいかもね。」

「お菓子とジュース持ち込んでピザとか頼めば・・・それでいいかもしれない。
どうせみんな、騒げれば満足だろうし。」

「だよね。あとは日にち・・・学校なら練習後だよね。」

「そうだな。土日で練習が午前だけの日なんてあったか?」

郁哉に聞かれ、桃はカレンダーに書き込まれた日程を確認する。

「う〜んと、来週の土曜日がいいかも!日曜日が練習試合だから、メニュー軽く
するって言ってたし、日曜日も試合は昼からだし。飲み食いしすぎてお腹壊さな
いようにだけ気をつければいいよね。」

「そうだね。じゃぁ来週の土曜日にしよう。今日の部活の後にみんなには俺から
言うから、監督にだけ話しておいてくれる?」

「うん。わかった。練習の時にでも言っておくよ。」




話は終わりとばかりに立ち上がると、歩が部室に入ってきた。

「話は終わったのか?」

「うん。そっちも?」

郁哉が応えると、歩は頷く。

「ヤスはなんか騒いでたけど、教室に帰らせた。」

嫌々つき合ってやった、という態度だが、歩が嫌がってなどなっかった事は
お見通しだ。





「あいつホントにお前が好きだよな。」

その言葉に歩は嫌そうに顔を顰める。

「気持ちわりぃこと言うなよ!」

「あ、でも幡野君の言いたいことわかるよ。滝川君って、すっごく歩になついてる
し。」

「なつくって・・・あいつは犬かよ。」

歩が呆れたように呟く。



「可愛い後輩だろ?お前からのパスを受け取りたい一心で、この学校に来て。
少しでも上手くなりたいと思ってお前から技術を盗もうとお前の傍にいるんだ。
先輩冥利に尽きるよな。」

郁哉は笑って歩の肩を叩いた。

「これで成長しなけりゃ絶対パスなんてしてやらねぇよ。」




歩はロッカーからタオルを取り出し汗を拭いて、制服の下に着ていたTシャツを
替える。


「あ〜!制服汚してるじゃない。何で着替えなかったの?!」

カッターシャツを手にとって、砂を払いながら歩を睨むが、歩は平然とした顔の
ままだ。

「軽くリフティングするだけのつもりだったんだよ。それだけなのに着替えるの
は面倒だろ!」

「滝川君たちが来た時点で着替えればよかったのに・・・あ〜あ、砂つけたまま
で教室戻ったんだろうなぁ。教室汚すと、宮地先生が煩いんだからね!」

「俺がしるか!!文句はヤスに言いやがれ!」

歩はむっとした表情で、桃からカッターシャツをひったくる。






2人の様子を苦笑して見ていた郁哉が首を傾げて桃に尋ねる。

「なんで宮地先生が煩いんだ?生活指導だったっけ?」

「宮地先生って、陸上部の顧問でしょ?うちと違って最近パッとしないから、
外部(野外でやる部活)の中で肩身が狭いらしいの。うちは専用グランドある
けど他の部はないし、成績いい部が優先的にグランド使用権があるらしくて、
他の部を僻んでるらしいよ。」


桃が溜息をつくと、歩は呆れ顔をする。

「たんなる逆恨みだろ。だいたい国体いった選手がいた時は、でかい顔して威張
ってたのは宮地じゃねぇか。それで成績落ちて、馬鹿にされるのは自業自得。」

「そうなんだけど、最近になってサッカー部は特別扱いされ過ぎだ!とか言い出
したの。あと、一流の選手なら普段から皆の手本となるような態度を心がけるべ
きだ!とかね。幡野君と歩は特にマークされるだろうから、目立つような事しな
いでね。」


その言葉に郁哉は苦笑しながら頷く。

「一応気をつけるよ。皆の手本になれるかは分からないけど、な?」

歩に相槌を求めると、歩はめんどくさそうな顔をする。

「サッカーやってる時はともかく、俺はいつも目立つようなことしてねぇよ。」

「歩は自覚ないかもしれないけど、目立ってるの!」




歩は一瞬意外そうな顔をして、けれども急にニヤッと笑う。

「何ニヤニヤしてるのよ?」

「べつに。ただ、桃はそんなに俺の事ばっかり見てるのかなって思っただけ。」

「な、なんで急にそんな話になるの!?」

顔が赤くなっているのが分かり、歩の言葉を肯定している様で恥ずかしい。

「目立つって事は人目を惹くってことだろ?桃が俺を目立つって思うなら、桃は
俺を見てるって事にもなるじゃん。」



楽しげに笑いながら歩が桃に近づいてくる。

思わず後ずさりして郁哉に視線を送り助けを求めるが、ニコッと笑顔を返される。



「なんか俺、邪魔?」

郁哉が笑いながら聞くので、桃は思い切り首を振る。

「そうだな。先に教室行ってろよ。」

歩は桃の様子を無視して、あっさり手を振る。

「あと五分で予鈴なるし、遅刻はするなよ。じゃぁ、また部活の時に。」


部室から出て行く郁哉を引きとめようと伸ばした手は、歩に掴まれる。









「何で今さら2人っきりになったぐらいで慌ててるんだよ?」

からかうように、歩は桃の髪を弄りながら顔を寄せる。

「別に慌ててなんか・・・ていうか近い!もっと離れてよ。」

歩の胸を押し戻そうとするが、びくともしない。

「なんで離れないといけないわけ?誰もいないし、別にいいだろ。」

さらに顔を近づけて、耳元で囁くように言われ、体がビクッと震える。


「だ、誰か来るかもしれないし、学校だし!!」

今にも唇が触れそうになり慌てて言うと、歩は少し笑った。

「大丈夫だって、すぐ終わる・・・。」






軽く触れるだけの口づけを交わす。

「なぁ、お前っていつも俺の事見てるわけ?」

キスの合い間に質問され、考える間もなく答える。

「ん・・・いつもってわけじゃ。」

「見てることは否定しないんだな。」

歩が嬉しそうに笑い、優しくキスをして抱きしめられた。











「ね、そろそろ教室行かないと。」

そう言うと、歩はゆっくりと腕を緩めて桃の顔を覗き込む。

「さぼりたいけど・・・。」

「絶対ダメ!さっき宮地先生に文句をつけられるような事はしないでって
言ったでしょ。」

「・・・さぼったら郁哉も煩いしな。」

「だから、離して?」

未だに抱きしめられたままだったので、お願いすると歩は頷いた。

「・・・わかった。けど、最後にもう一回だけ。」

再び顔が近づいて来るのがわかり、自然と目を閉じた。









今にも唇が触れそうだったその時に、扉を開く大きな音がした。
ビックリして振り返ると、ドアを開けた状態で固まっている康広と目が合う。


「そ、その、邪魔するつもりは・・・教科書を置きっぱなしにしていた事を
思い出して、取りに来ただけで!!」

慌てて頭を下げると、回れ右をして立ち去ろうとする。

「おい!お前、教科書とらずに戻る気か?」

歩は笑って、康広に声をかける。

「あ、そうだった!」

康広は頭をかいて、罰の悪い表情を浮かべながらロッカーに向かう。







「お前動揺しすぎ。悪かったな、ビックリさせて。」

「いえ、こちらこそ・・・・邪魔してすみません。」

「気にするな。そして忘れろ。・・・間違っても健に言うなよ?」

歩は康広に向かって笑顔で言うが、どう見ても『言ったらどうなるか分かってる
よな』と顔に書いてある。


「も、もちろんです!では、お先に失礼します!!」

逃げるように去っていく康広を見て、歩は腹を抱えて笑っている。





「ヤスがあんな硬い敬語使ってるの初めて聞いた!すっげぇ動揺してたんだな。」

「ちょっと、笑い事じゃないでしょう!?だから、学校じゃダメだって言ったの
に。」

「大丈夫だろ、ヤスは言い広めるなんて馬鹿なことする奴じゃねぇし。」

「そうだけど。部活で会ったとき、どうしよう?顔見れないよ、恥ずかしくて。」

「普通にすればいいじゃん。てか予鈴なってるし、さっさと戻ろうぜ。」

歩は平然とした顔で歩き出す。




一人だけ慌ててるのが悔しくて、歩の背中を思いっきり突き飛ばした。






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この話の視点もあります。よければお読み下さい。

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