教室を抜け出し、桃と2人でお弁当を食べていると郁哉からメールが届いた。


『歓迎会の打ち合わせしたい。飯食ったら2人で部室に来てくれ。』


そのメールに込められた郁哉の気遣いを瞬時に理解し、顔を顰めると桃が心配そう
な顔をする。

「何かあったの?」

「べつに。・・・それより、郁哉が呼んでる。歓迎会の打ち合わせをしたいって。」

何でもない風を装って言うと、桃は特に気にする様子もなく頷いた。

「どこに行けばいいの?」

「部室。・・・さっさと食べて行こうぜ。」



郁哉に了承のメールを送ると、携帯を制服のポケットに入れて再び弁当に手を伸ば
した。

俺が持つには可愛らしすぎる弁当箱には、まだ美味しそうなおかずが残っている。
その中でも密かにお気に入り卵焼きを取ると、桃が嬉しそうに言った。

「それ今日は一段と綺麗に作れてるでしょ?味も甘すぎなくて、歩の口にあうと思
うんだけど・・・。」


甘いものが好きではない俺の為に、甘さを控えて作ってある卵焼きは食べやすくて
美味しかった。

「ああ。」

素っ気ないおれの感想に、桃は嬉しそうに微笑む。



朝練あるのに早起きして、しかも甘党の自分ではなく辛党の俺に合わせて弁当を作
ってくれているにも関わらず、桃は俺がどんな態度でも文句を言ったことはない。

普段は小言が絶えないので、何かを我慢している様子もないし、俺の態度が気に食
わないという事はないのだろうが、普通の女なら怒っているだろうなと思う。





俺が素直じゃないのは今に始まった事じゃない、けれど、その事で桃が不満に思わ
ないのは不思議だ。

「お前、何で怒んないわけ?」

「怒る?・・・・・なんで?」

キョトンとしている顔は、今まで考えた事もないと言っているようで逆に困惑する。


「何って・・・俺が弁当に関して褒めたりしないのは、腹立たねぇの?」

その言葉に、桃は納得したように笑う。

「ああ、そういうことか・・・別に立たないよ。言われなくてもわかるから。」

「わかる?」

「歩がお弁当を褒めてくれた事はないけど、貶された事もないし。無意識みたいだ
けど、口に合わない時は少しだけ眉間に皺が寄ってるんだよ。けど文句も言わずに
全部食べてくれるし。」







「それに私が好きでやってるんだもん。食べてくれるだけで、すっごく嬉しい。」


微かに頬を染めて笑顔で呟く姿が可愛くて、おもわずキスをしたら、さらに真っ赤
になって怒鳴られた。












食事を終えて部室に向かうと、郁哉はすでに居てサッカー雑誌を読みながら二人を
待っていた。

「ごめんね。待たせちゃった?」

桃がロッカーに弁当箱をしまいながら言うと、郁哉は首を振る。

「いや。こっちこそ呼び出して悪かった。邪魔するつもりはなかったんだけど。」

「じゃ、邪魔だなんて・・・べつに、ねぇ?」

桃は真っ赤になりながら大きく手と首を振って、歩に相槌を求める。

「2人で居る事を知っててメールしてくる時点で邪魔してる事になるんじゃね?」

怒っているわけではなく、むしろ呆れた顔で言うと郁哉は苦笑する。

「それもそうだな。ごめん。」

「別にいい。つーか、話し合いするんだろ?俺は関係ないから、外でボールでも
蹴ってる。」

ボールを手に取り言うと、桃はあっさりと頷くが郁哉は視線をこっちに向けた。


視線だけで郁哉の言いたいことが分かる。




歓迎会の打ち合わせに副キャプテンは必要なく、キャプテンとマネージャーだけで
充分なのに、わざわざ”2人”で来いと言ったのは、遠慮したからだ。


郁哉は俺の事をよく分かってるから、俺が嫌がる事はしたくないと思って桃と2人
きりになるのを避けた。



けど、そんな気遣いはいらない。



俺だって郁哉のことはよく分かってるし、郁哉が俺の嫌がる事をしないのも知って
る。

だからこそ、郁哉と桃を2人きりにしたところで心配なんかする必要ない。




俺は呆れつつも口の動きだけで『バカ』と言った。
それだけで郁哉にも歩の言いたい事が伝わったらしく、笑った。

「何か良い事でもあったの?」

嬉しそうな表情の郁哉に、桃が不思議そうに声をかけているのが部室から出て行く
ときに聞こえた。













軽くストレッチをした後、ボールを蹴り上げてリフティングを始める。

遊び感覚のつもりが、いつの間にかボールに集中していて、気がつけば周りの視線
を集めていた。

試合中に注目されるのは慣れているし、自分が学校では有名なのも知っているが
リフティングしているだけでこんなにジロジロ見られては、居心地がわるい。





場所を変えようと考えてボールを手に取ると、後ろから大声で叫ばれた。

「歩さ〜ん、俺も一緒にやりたいで〜す!!」

振り向くと後輩の滝川康広が嬉しそうに走り寄ってくる。

「昼休みに練習するんなら、何で誘ってくれないんすか!?教室で友達が教えてく
れなかったら、何も知らないで寝てたじゃいですか〜!!」

「練習じゃねーし、暇だからボール蹴ってただけだ!だから教室で昼寝でも何でも
してろ。」

追い返すように手を払って言うと、康広は拗ねたような顔をする。


「暇なら俺の相手して下さい。この前の試合で歩さんが蹴ったあのシュート、俺に
教えて!何度やっても出来ないんですよ〜。」

「めんどーだから今度にしろ。あれはそう簡単に打てるシュートじゃねーし。もっ
と時間ある時にちゃんと教えてやるから。」

「ええ〜!!・・・わかりました。約束ですよ!絶対に教えてくださいね!!」

「はいはい。今度な。」




約束すると康広は満足したように頷いていたが、ふと辺りをキョロキョロと見渡す。

「そういえば・・・キャプテンは?健さんもいないし・・・関矢先輩も。」

「健は教室で昼寝。郁哉と桃は部室で打ち合わせ。」

「ああ、それで歩さん一人なんだ。」

納得したように康広が頷くので、思わず顔を顰める。

「その言い方だと、俺に友達がいないと言っているように聞こえるんだけど?」

「え?ちがっ!そうじゃなくて!!ただ、歩さんが他の人と一緒に居るのはあんま
り見かけないからで・・別に他に友達がいないなんて思ってなくて!!」

慌てて言う康広が面白くて笑うと、康広はホッとしたように肩をおろした。





これで教室に戻るかなと思って康広を見ると別の方向に向かって手招きをした。

誰かいるのかと思って康広の視線を辿っていくと、先日正式サッカー部員になった
ばかりの1年生が数人走り寄ってきた。



頭を下げて挨拶する1年生達に軽く挨拶を返し、康広が何故1年生を呼んだのかと
怪訝な顔をすると、康広はニッと笑う。

「歩さんってば、人気者!こいつら、さっきからずっと歩さんの事見てて、でも声
かけていいのか分からなくて悩んでたみたい。だから、俺が変わりに歩さんに声か
けたんです!」



偉いでしょ、と言わんばかりの満足気な表情で康広が言うのを、呆れ顔で見ている
と横から1年生達が頭を下げた。

「あ、あの!迷惑でなければ・・・俺達も一緒にやりたいです!!」

緊張でガチガチになっている態度は、同じ部活の仲間としては不自然な気もするが
自分が怖がられていることは知っているので気にならない。


しかし、そこまで緊張しなくても・・・。


苦笑しながら頷くと、1年生たちは嬉しそうな顔をした。
怖がられつつも、ちゃんと慕われてはいるらしい。


「べつにいいけど、何やるんだ?」

「あ、じゃぁフットサル!!そこのミニコート空いてるし、いいでしょ?」





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