ウトウト心地よい眠りに誘われた健を現実に引き戻したのは、ある女子生徒だった。
高校に入学して半年も経てば嫌でも名前を覚える。

彼女も例外ではなく名前は知っていたし、どちらかといえば気が合いよく話す間柄だ。


「伊東君、ちょっと起きて。今度の土曜日ってサッカー部練習ある?」

「土曜?」


寝ぼけた頭でぼんやりと部活の日程を思い出そうとする。


「さぁ……あったような、なかったような。」

「部活の予定くらい覚えといてよ。使えないなぁ。」


軽く舌打ちを打つフリをするので、でこピンをお見舞いしてやる。


「使えないとか言うなっつーの。桃に聞いた方が正確にわかるんじゃねぇの。」

「それがさぁ。関矢ちゃんいないんだもん。どこ行っちゃったんだろう。」





――ああ、たぶん弁当を食べに行ったんだろうな。



結構前から自分で弁当作って持ってきてるみたいだし、あいつの為に。


「さぁね。今すぐ分からないとダメなのか?」

「できたら早いうちに知りたいかな。で、もし部活なかったら昼間あけておいてくれない?」

「俺に言ってんの?ってか、何で?」

「実はさ、私の友達がサッカー部のマネージャーやってて…。」


言いにくそうに言い出す、この言葉は別の人から何度も聞いたことがある。
それはもう、サッカー部で試合がある度に誰かが言い出すのだ。


「……で、どっちだ?」

「え?どっちって?」

「郁哉か、歩のどっちを連れ出して欲しいわけ?」


俺がため息混じりに言えば、驚いた様子を浮かべる。


「何でわかったの?!」

「頼むのはお前だけじゃねぇってこと。」

「なるほど……。」

「しかし、残念ながら連れ出す事は無理だ。」

「そこを何とか!伊東君は二人と仲いいでしょ。お願い〜。」


両手を合わせて頼みこまれても、俺にはどうしようもない。


「つーか俺に何のメリットがあるわけ?あいつらに嫌がられるだけで良い事ないんだけど。」

「か、可愛い子たくさん来るし。」

「全員があいつら目当てだろ。」


冷ややかに言えば、困ったように笑っている。


「えっと、費用は全部こっち持ちにするし。」

「……飲み食いタダなのは惹かれるけど、無理だって。断られるのがオチだから。」

「じゃぁ、誘うだけ誘ってみてくれない?それでダメだったら諦めるから。」


その言葉に少し考える仕種をして、最後は諦めたようにため息をついた。


「わかった。聞くだけだからな。」









放課後、部室に向かう足が重い。
もう聞いて断られたことにしてしまおうかとの考えが頭に浮かぶ。

部室のドアを開ければ、中に居たのは郁哉と歩だけ。


タイミングがいいというか、悪いというか。





神様、そんなに俺がお嫌いですか。





「何、間抜け面で突っ立ってんだよ。さっさと着替えないと先輩来るぞ。」


珍しく機嫌が良さそうな歩が笑って言う。

うわ、せっかく機嫌のいい歩を不機嫌にするのはちょっと……練習終わってからにするか?
けど、機嫌がいいときに言っといた方が俺への被害は少ないかも?!

ぐるぐると悩んでいる俺を、郁哉が怪訝な表情を浮かべて見ている。


「何かあった?」

「あ〜、あったと言えばあったかな。」

「俺たちで良ければ相談に乗るけど?」


今、郁哉に優しくされるといたたまれない。

俺が悪いわけではないのに……。
本当になんで俺がこんな思いしないとなんねぇんだよ。


「俺たちって何だよ。俺を巻き込むなっつーの。」

「でも、歩だって気になってるだろ?照れなくて良いって。」

「照れてねぇ!キモイこと言うなよ。」


ぎゃぁぎゃと騒ぐ二人の横でため息をつけば、二人が黙った。


「お前、マジでどうしたわけ?」


歩が気味悪いものでも見たかの様に聞いてくる。


「……先週、練習試合しただろ。」

「ああ、お前がオフサイドトラップ失敗して、危うく点を取られそうになった試合な。」


嫌味たらしく言う歩の言葉はこの際、無視するとしよう。
ってか、今は俺の心配をしてくれてたんじゃなかったのかコイツは。


「それでだ。今日、クラスの女子に土曜日に暇かどうか誘われた。」

「よかったじゃん。デートでもするから悩んでたの?」


郁哉が笑顔で俺の肩を叩いて言った。


「だったらいいけどな。彼女らが誘いたいのは俺じゃない。」

「彼女ら?」


察しのいい歩は、その言葉に眉間の皺を寄せた。
それに対して、郁哉は首を傾げている。


頭もいいし、察しも悪くないのに、なぜか自分に対する好意だけには異常に鈍い男だ。

『郁哉は鈍いんじゃなくて、好意に気づきたくないから考えないようにしてるだけ』と。
歩が言ったことがあるが、それが事実かは本人にしかわからない。

けれど俺の話を聞き、彼女たちが“誰を”誘いたいのか考えないという事は、歩が正しいのかもしれない。


「健に会うためじゃないのなら、何で健を誘うんだ?」


考えていればそんな無意味な質問はしないに違いない。

というか、無意識にでも俺に与えるダメージは半端じゃないんだが……。

どうせ俺はモテないですよ!
可愛い彼女もいない、寂しい独り身の男子高校生だ!
悪いか!!

そんな風に内心でヤサグレてる俺を余所に、歩は不機嫌さを隠そうともしない。




「わかってるだろうが、俺はパス。二度とその話を持ってくんなって言っただろ。」


やや気分を害した様子で、歩は冷たく言い捨てる。


「俺だって好きでこんな話しねぇよ。一度本人に聞いてから断らないと納得しないんだよ。」

「じゃぁ、断ったからもういいな。郁哉もパスだろ?」

「え?」


歩に言われてキョトンとしていたが、俺の顔と歩の顔を見た後で郁哉は困ったように笑う。


「ああ、そういうことか。うん、俺も悪いけど。」

「わかった。そう言っとく。」







メールで断りをいれて、ようやく肩の荷が下りる。


「わるかったな。歩は桃が居るからって言えば断るのも楽なんだろうけど、俺はなぁ……。」


苦笑して郁哉が言えば、すぐさま歩が切り返す。


「ばーか。俺らはまだつき合ってるわけじゃないっつーの。」


まだ、ねぇ。
誰が見ても両想いなんだから、さっさとつき合えばいいのに何をモタモタしているのやら。


「何でつき合わないわけ?もうつき合ってるみたいなもんじゃん。」


俺が言うと、歩は首を横に振る。


「まだダメなんだよ。それに桃が俺のこと好きなのか、わからないだろ。」

「わかるだろ。あの態度で、好きじゃないっつーなら何だよって感じだろ!」

「さぁ……ファンとか?」


歩の言葉に冷ややかな視線を送るが、歩は気にした様子はない。


「あいつは俺のサッカーが好きみたいだし。」

「ファンって……つーか、桃の気持ちがわからんって態度じゃないだろ、歩は。」


呆れて俺が言えば、歩は肩をすくめる。

歩の桃に対する態度は独占欲を含め我慢のかけらもない。
髪に触れたり、肩や腰に手を回していることもあるし、触れることに躊躇すらしない。

桃が嫌がったら間違いなくセクハラになる。
まぁ、桃は嫌がるどころか嬉しそうだけど。



だいたい、先ほどの話を歩が毛嫌いしているのは、面倒だからというだけではない。
以前、あの話を桃が頼まれてきた事があるからだ。

あの時の歩は怖かった。
いや、マジで郁哉以外の部員はビビッてた。


桃がその話を引き受けたことで一瞬でも歩の自信が揺らいだ事が、歩の怒りの最大のポイントだったらしい。
桃はもしかしたら俺のこと好きじゃないのかも……という考えは、歩に人生最大の絶望を与えたらしい。


らしい。
というのは、このことは郁哉が言っていただけなので事実かどうかは俺は知らない。


まぁ、すぐに桃が泣きそうな理由に気がついて、自信は回復したらしいが……。




けれど、歩が腹を立てたのは事実で、それが部の雰囲気を険悪なものにしたのも事実。

歩に彼女ができたら……と。
ありえない事を考えていた桃は馬鹿だと思うが、その時は助かった。


その後は桃以外の誰かが引き受けた話でも嫌悪感を隠さない。
その出来事を思い出して不愉快になるのと、この話が桃の耳に入ろうものなら桃が不安になるからだ。

それが歩には許せない、らしい。






結局、歩にとって桃がすべて。
どんなに可愛い女の子が一生懸命に言い寄っても無意味。

歩は桃しか見ていないし、郁哉はわからないけど、今のところ彼女を作る気はなさそうだ。



――あ〜あ、なんで俺みたいに彼女募集中の男のところには可愛い子が来ないんだ。
需要と供給を考えたら、彼氏が欲しい女の子は彼女を欲しがってる男のところへ来るべきだろ?
どこかに、俺を見てくれる可愛い子いないかなぁ。






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