注:桃と歩が2年生(恋人になる前)の話。なのにラブラブです。








「キャプテン!これ、頼まれてたやつです。決勝の相手は、2−0で北高に
決まりました。」

資料を手渡しながら報告すると、内藤敦は頷きながら資料をパラパラとめく
る。


「今年の北高はいいじゃん。後半の粘り強さはすげぇし。」

3年生の山瀬遼平が敦の肩越しに資料を覗き込む。

「そうだな。得点の殆どが後半20分経ってからで、失点はトータルで2点
だけだが、得点も多くない。つまり後半で疲れが足に来た頃に、カウンター
で決めてるんだろうな。」



敦の言葉に遼平は頷き、後ろを振り返って歩と郁哉に声をかけた。

「次の試合はお前らの活躍にかかってるから、頼むぜ!」

ニッと笑う遼平に歩は当然とばかりに頷き、郁哉は礼儀正しく返事をする。


「俺達はまだ引退したくないからな。」

「当然っしょ。先輩達が引退するには、まだ早すぎ。全国で戦い奴もいるし
地区大会なんかで負けてられないっすね。」

歩が言うと、遼平は歩の頭を軽く叩く。

「うちの司令塔が言うんだから、決勝は余裕だな。どんなDF相手でも俺が必
ず点取るし、郁哉が失点する事もないだろうし。北高のFWはスピードも高さ
も、準決でやったとこより劣ってるから。」


「俺が失点しないって言うより、キャプテンや他のDFを突破できるほどのFW
が、対戦校に居なかったってのが正しいんですけど。」


遼平の言葉に、郁哉は苦笑する。



「いや、俺達が思い切ったプレー出来るのは、郁哉がゴールを守ってるって
いう安心感があるからだ。オフサイドトラップなんてハイリスクなプレーが
出来るのは、万が一失敗してもお前が止めてくれると思えるからだからな。」

「え!?・・・あ、ありがとうございます。」

敦に言われ、恐縮しながらも郁哉は照れたように笑う。













そんな4人のやりとりを横で聞いて思わず笑ってしまうと、歩が顔を覗き込
んできた。


「なに笑ってんの?」

あまりの近さに瞬時に赤くなる頬を隠す為、慌てて下を向いて視線を逸らす。

すると、歩も少し離れたので、ホッとする反面寂しさも感じる。



「な、なんでもない。対称的だったから、つい笑っちゃっただけで・・・。」

「対称的?」

郁哉が意味が分からないといった様子で首を傾げた。
敦と遼平の視線も感じて、何も悪い事してないのに焦ってしまう。


「ホントたいした事じゃないんです!ただ、その・・・歩と山瀬先輩は自信
満々って感じなのに、幡野君とキャプテンはお互い謙遜しあってて・・・。」


早口になりながら説明すると、遼平が歩を見ながらニヤニヤ笑う。


「そうだよな。歩はもう少し謙虚になった方がいいんじゃねぇの?」

「先輩にだけは言われたくない。」

「なに言ってんだよ。俺が2年生の時は謙虚で、自信なんかなくてだなぁ。
お前と違ってそれは可愛らしかったんだぞ。」

「・・・去年って、MFやってた先輩に向かって『パスが下手』『足が遅い』
『お前じゃ俺を活かせない』とか言いまくってましたよね。全然謙虚じゃな
かったっすけど。」




恐れをしらない遼平の言葉に先輩が怒り、一時部活内の雰囲気が最悪だった。

しかしそれは、遼平先輩の言葉に歩が「その通り!」なんて言ったせいでも
あるのだけれど。





「郁哉は逆に謙虚すぎだよな。『俺以外の誰がゴールを守れるんだ!』くら
い言ってもいいんじゃねぇの。」

歩の言葉を聞こえない振りして遼平は郁哉の肩を叩くと、郁哉は困ったよう
に笑った。












「まぁ謙虚かどうかはともかく。歩と遼平が似てるのは確かだな。」

敦が言うと、歩と遼平は揃って嫌そうな顔をするが郁哉は納得とばかりに
頷く。

「歩と違って自分のこと天才だなんて思ってねーし。」

「先輩ほど口悪くないっすけど。」




「確かに、性格そっくりですね。」

「「似てない(っつーの)!!」」



「息もピッタリだな。・・・まぁ、似てるのは性格だけじゃないけどな。」

敦が言いながら視線をこちらに向ける。


「性格だけじゃないって、他にも何かあるんですか?」

不思議に思って聞いてみるが、敦は笑うだけで教えてくれない。










「あ、俺わかりました。・・・確かに、いろいろそっくりですね。」

郁哉は笑いながら言った。

「・・・そういうのは似てるって言わないだろ。運動部には有りがちなこと
だし。」

遼平にも敦の言いたい事が分かったらしく、ムッとしながら言い、歩も頷い
ている。


「何の話ですか?」

1人だけ話についていけなくて、聞くが誰も教えてくれない。


「まぁ似てるのは遼平と歩だけじゃないな。鈍いとことか、そっくりだし。」







歩と遼平は鈍いとは言えない。

視野が広いせいか、困ってるとすぐに助けてくれるし。
いろいろな事によく気がつく。


じゃぁ一体誰の事を言ってるのだろう。











敦が何の話をしているのか全く検討がつかないので、教えてくれないかなと
視線を歩に向けるが、教える気はないらしい。

珍しく困ったような表情で視線を逸らされた。








「歩、モタモタしてると遼平みたいになるぞ。」

「俺みたいってなんだよ!」

「じれったくてしかたないって事だ。」

「その気持ちよく分かります。」

敦の言葉に共感するように郁哉が頷く。



「ってか俺は先輩とは違うんで。」

「えっ?!お前らって・・・。」

遼平はかなり驚いたらしく、声を上げる。

「それはまだですけど。まぁ、たぶんそのうちに・・・。」

チラッと歩がこちらを見て笑った。




ますます意味が分からず首を捻るが、誰も教えてくれない。









「つーか、なんでそんな自信あんだよ。」

遼平が悔しそうに聞くが、歩は不敵に笑って答えない。

「まぁ分かりやすいですし。それに、歩の場合は言ってないってだけって感
じですから。」

代わりに郁哉が答えると、敦は納得したような表情をする。

「そうだよな。この前だって俺見ちゃったんだよなぁ・・・。」


敦が困ったような表情でこちらを見たので、何か見られてまずい事あったっ
けと首を捻る。





「火曜日の帰りっすか?」

「・・・俺がいたのに気づいてたわけ?」

「いや、後でキャプテンらしき後姿が見えたんで、もしかしたらって思った
だけっす。」


「え?!み、見たって・・・あの・・・。」

火曜日の帰りの出来事を思い出して、思わず声を上げてしまう。

見られたなんて・・・恥かしくて顔が上げられない。





「あ?何だよ。見られて困るような何かがあったわけ?」

「べつに・・・ただあの日は、桃が体調崩してて辛そうだったから支えなが
ら帰っただけです。」

「支えながら?」


郁哉が何気なく聞き返すと、歩は照れることなく桃の腰に手をまわす。

抱き寄せられてるような格好になり、頬が歩の胸に一瞬だけ触れる。


「こうやっただけ。じゃないと、コイツ倒れそうだったし。」








歩の頬が頭に触れているせいで吐息が髪にかかる。
腰の辺り、歩の手が触れている肌が異様に熱く感じる。

恥かしく堪らないので、慌てて離れようとするが歩が手を離さないので動け
ない。


文句を言おうとしたら、先輩達が話を続けたので、なんとなくタイミングを
失ってしまう。











「・・・この様子だと、歩は遼平の二の舞いには成りそうにないな。」

「人の気も知らないで、言いたい事言いやがって・・・。」

「言われたくないなら、さっさと行動しろ。もう3年だぜ?」

「・・・・ほっといてくれ。」




「まさか・・・怖くて言えないんすか?」

表情は見えないが、歩が馬鹿にしたような声で言う。

「違うわ!俺だって・・ってか言ったのに気づいてもらえなかったんだよ!」

「マジ?!その話、俺聞いてないんだけど?」

「言ってねぇし。」


「なんて言ったんだ?そんな遠まわしに言ったのか?」

「・・・ストレートに言った。けど、他の話だと勘違いされたんだよ!」








「「「・・・・・・・。」」」










「まぁ、次は“何が”って事をはっきり言うようにな。」

「あの・・・頑張って下さい。」





「次は映画見た後に言うのはやめた方がいいっすよ。」

「何でお前が知ってんだよ?!」

「『遼平ってば本当に映画好きなんだよ。』って言ってるの聞いたんで。」


落ち込むようにしゃがみ込む遼平の姿が、視界の片隅に見えた。














心臓の音がうるさ過ぎるのと、恥かしさなど色々な感情のせいで何も考えら
れなかった。

4人の言葉は右から左へ流れていってしまい、何の話をしていたのか分から
ないままだった。


気がついたら先輩達は帰ってて、郁哉もどこかへ行ってしまった。





「歩、あの・・・。」

あいかわらず歩の手は腰にあり、そして空いてる手の指を髪に絡めて弄って
いる。

綺麗と言ってくれた歩の為に、大事に伸ばしている髪だから、触れてもらえ
るのは嬉しいのだけど・・・。

「何?」

そんなこっちの気持ちを知ってか、知らずか・・・歩は落ち着いた様子だ。


「何って・・・明日も朝早いし、早く帰らないと。」

「まだ平気だろ。」

「そうだけど。」







離して欲しい。

心臓が飛び出そうなほど緊張するし、他に誰も居ない部室は静まり返ってい
て、心臓の音が歩にまで聞こえてそうで恥かしい。






「嫌なの?」

そう聞かれては何も言えない。
好きな人に触れられて嫌なわけがない。

恥かしくて声が出せないので、首を横に振る。




その刹那に、歩の両腕が背中にまわり強く抱きしめられた。

歩は何か呟いたようだったが、突然の事に驚いて動揺していたので聞き取れ
なかった。











どのくらいの時間抱きしめられていたのか、突然歩が腕を解いた。

「そろそろ帰らないとな。」

照れた様子もなく、いつも通りの表情。
本当に何事もなかったかのような様子に、今までのことは夢だったんじゃな
いかと思ってしまう。

「え、あ・・・うん。」


自分だけ、恥かしがったり喜んだりしていて馬鹿みたいだ。




歩は何とも思っていないのに・・・。

なんだか無性に泣きたくなってきて、堪えるために下唇を噛む。









不意に歩の指が唇に触れた。

「そんなに噛んだら血が出るだろ。」

驚いて顔をあげると、歩は笑ってた。
慰めるように頭を撫でられて、泣きたくなるような気持ちが消えていく。






「一緒に帰るか?」

「うん!」








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