どうして私なの?
どうして来てしまったの?
どうして出会ってしまったの?

だけど
出会わなければ良かったなんて
そう思えないのはどうしてかな






The legendary poetry of gods
--- one ---

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異世界“ファリネ”。

桔梗がその世界に来てから2ヶ月経った。
今ではそこでの生活にもだいぶ慣れ、不自由なく暮らしている。

しかし奥の神殿からは滅多に出て行くことは出来ず、城下町に行ったのはフリージ
アと買い物をした2回だけ。
城の中でも、何があるか分からないからと常にフリージア、フリードライツ、ラテ
ィスの誰かが側にいる状態だ。

3人とはだいぶ打ち解けたがので(ラティスは相変わらず無口ではあるが)
一緒にいるのは楽しい。

しかし常に監視されている感じもするので、たまには一人になりたいと思ってしま
うこともある。




そんな時に行くのは、神殿の裏にある小さな花園だ。
そこは常に人気がなく、フリージアもそこにだけは一緒に来ない。

とても美しい場所だからと、一度声をかけたが

「私にはあの場所に立つ資格がないのです。」

と、困ったように笑って断られた。

もしかしたら、入ってはいけない場所だったのかと思い焦ったが、それもまた違う
らしい。


「あの場所は・・・この国の人間すべての者にとって特別な場所なのです。ですか
ら、外から見ているだけでも恐れ多い気分になってしまうのです。」

「なら、私も行かない方がいいのかな?」

桔梗が残念に思いながら呟くと、フリージアは慌てて首を振った。

「気になさらなくて、いいのですよ!立ち入りは自由な場所ですから。」

と笑顔で言われたので、今も毎日のように花園に通っている。



「それにキョー様は、いえキョー様こそあの場所に相応しいお方ですから。」

と呟いた声は、桔梗の耳には届いていなかったけれど・・・。



桔梗が花園に行くのには、もう一つ理由があった。

一週間に数回。
桔梗以外にもう一人、花園にくる人物がいるのだ。
しかし決まった曜日に来るわけではないので、桔梗は毎日通うようにしている。
夕方の1時間くらいの間だけれど、それでも桔梗は嬉しかった。
花園以外では、多くても週に一回しか会えないのだから。

王子という職業(?)はそれほどまでに忙しいのだろうか・・・・・。



ジャスティの態度もよく分からなかった。
花園にいる時やフリードライツ達の仲間内でいる時は、学校にいた頃のように優し
いし、桔梗ともよく話す。
しかし、それ以外の人間がいる場所では、極めて素っ気無い態度なのだ。

しかも、桔梗にだけ冷たく、フリードライツ達への態度は変わらない。
不可解としか言いようが無い。
おまけに、そのことに気づいているはずのみんなも何も言わない。

一度、本人に尋ねた事もあるのだが「すまない。」と、困ったように言うだけで
理由は教えてはくれなかった。

理由はあるようだけれど、今はまだ桔梗には話せないということだろう。











今日はフリージアと桔梗の2人でお菓子を作った。
クッキーとマドレーヌ。
お菓子は万国共通らしく、作り方も味も殆ど一緒だった。

でも材料自体に、微妙な差異があった。
例えば、こちらの小麦粉はそれだけでケーキのような甘みがあった。
それに大量の砂糖を混ぜたのだから・・・。


フェンリスの人々は甘党なのかな?
お父さんが食べたら「こんなのただの砂糖の固まりだ!」って怒るだろうな。

お父さんか・・・。

最後に話したのはいつだろうか?
特に仲悪いわけでも、喧嘩したわけでもないけれど、少しずつ接する機会は減って
しまった。女子高生と父親なんて、きっとどこもそんな感じだろう。
反発するほどでもないけれど、学校の出来事を話したりなんてしない。

だから、何かについて話し合ったりしたり・・・そんな事を最後にしたのはいつの
頃か覚えていない。

みんな心配してるだろうか?

朝起きたらいない、なんて家出だとでも思われてるだろうか?

お母さんとはすごく仲良かった。
だから、家出をする理由も考えられず悩むに違いない。

親、友達・・・みんな元気にしてるだろうか?


せめて・・・無事であることを伝えたい。
ジャスティに頼めば、伝言は伝えられるだろうとは思うけれど。

『理由は言えないけど帰れません。でも、元気です。』

・・・そんな事を伝えても、混乱するだけだろう。




出来上がったクッキーを口に入れて溜息をつくと、フリージアが不思議そうな顔を
した。

「キョー様?どうかなさいましたか?」

「あ、違うの。えっと、その・・・・・あ、フリージアさっきクッキー包んでた
じゃない?誰かにあげるのかなーって気になって。」

「ああ・・・あれは、ラティス様の分です。見かけによらず甘いものに目がないん
ですよ。」

にっこりと笑顔でフリージアが言った。

うん、やっぱり美人だ。
これで恋人がいないなんて信じられない。

フリージアは言い寄って来る男の人を、いつも辛口でばっさりと撃退してしまう。
城の人にそれとなく聞いてみても、今までずっと男がいる気配を微塵も感じさせな
いのだと言っていた。


そんな事を考えつつも、桔梗は相づちをうつ。

「へぇ〜。意外だね。どちらかと言えば、嫌いそうなのに。」

あの、完全無欠、無表情の男が甘党・・・人間見かけによらないよな。

「小さい頃から甘いものが大好きで、食べ過ぎてはお母様に怒られてたんですよ。」

クスッと笑うフリージアは、懐かしそうに目を細めて言った。


「小さい頃からの知り合いなの?」

「ええ。私の母はラティス様の母上であられるツバキ様の付き人をしていたんです。
そして付き人としてついて行ったパーティで父に見初められ、結婚してサマイス家
へ嫁いだと聞いています。ツバキ様は母をとても気に入って下さってて、よくお茶
会を開いては母を邸に招いて下さるのですわ。私も幼い頃から、母に連れられてラ
イド家に・・・・ですから、ラティス様は幼馴染なんです。中流貴族の私に上流貴
族フリード様・・・それに、ジャスティ様が親しくしてして下さるのは、だからな
のですよ。」



「そうかな。身分なんて関係なく、みんなフリージアが好きだから仲良くするんじ
ゃない?私もフリージアが大好き。だから身分とか関係なしに、友達になりたいと
思うし。」

「キョー様!ありがとうございます。ですが、私なんかには・・・もったいないお
言葉ですわ。」

困ったように言うフリージア。

「私と友達になるの嫌?」

「まさか!私、キョー様が大好きです。でも・・・。」

「ならいいじゃない。身分なんて気にすることない!私なんて、日本ではただの一
般市民だし。それで考えたらフリージアの方がよっぽど高貴な人だわ。」

にっこり笑って言うと、フリージアも微笑みを返してくれた。

うわぁ〜、綺麗だな。
私が男なら、速攻で結婚を申し込んでるよ。
で、ばっさり斬り捨てられてるかも。

そんな想像に苦笑してしまう桔梗を、フリージアは不思議そうな顔で見ていた。











ドアをノックする音が聞こえたので、フリージアは桔梗に一礼してからドアにむか
った。

「・・・どなたですか?」

「俺だ。ラティスも一緒にいる。」

フリードライツの声。


フリージアが扉を開くと、2人が部屋に顔を出す。

「よぉ!最近、忙しくてな。顔を出せなくて悪かった。ジャスティも来たがってた
んだけど、まだ書類に追われてるらしくてな。それを片付けたら、近いうちに顔を
出すって言ってたぜ。」

フリードライツもラティスも桔梗を訪ねてくるのは、5日ぶりになる。
今まで、こんなに間が空いたことはなかったので、よっぽど忙しいみたいだ。



「・・・お菓子を作ってたのか?」

さすがは甘党。
部屋に満ちた甘い匂いに反応したらしい。

「うん。暇だったし。ラティスの分はフリージアが用意してたから、安心してね。」

桔梗が言うと、ラティスは微かに微笑んでフリージアをみた。

初めて見たラティスの微笑みは、結構可愛い。
まぁ、すぐに無表情に戻ってしまったけど。

「ラ、ラティス様は大の甘党ですもの。差し上げないと、何と言われるか分からな
いですし・・・。」

フリージアは微かに頬を染めて、下を向く。

「え?俺の分は無いわけ?」

フリードライツが不服そうに言う。

「まだたくさん余ってるから拗ねないでよ。せっかくだし、みんなでお茶しよう!」

桔梗の提案に反対する者はいなかった。






せっかく綺麗な庭があるのだからと外ですることにした。
庭にテーブルを出し、そこへ手作りのお菓子を並べて、フリージアの入れた紅茶を
飲みながら話し合う。

久しぶりに会ったので、それぞれの近況報告をしていたのだけれど・・・。


「隣国の様子がおかしい?」

フリードライツは大きく口を開けて、一口でクッキーを食べると、もぐもぐさせな
がら言った。

「ええ。なにか大掛かりな事を行うらしく・・・城の中が騒がしくなっているよう
です。」

ラティスは、ゆっくり味わうようにお菓子を頬張っている。


「隣国ってどんな国なの?」

なぜ私の命を狙うの?
とは以前に聞いてみたので、今度は違う質問をしてみた。


「隣国“リタン”は、女神の国だと言われてる。」

「女神の国?」

「ああ。すべてを女神の神託によって決まるらしい。代々女王は女神“シャリート”
の化身であり、女王を通して女神“シャリート”は神託を告げる。」

「神様の存在を信じているんだ・・・。」


宗教や信仰は時として恐ろしい事態を引き起こす。
神の名を大義名分にして行う殺戮など歴史上に山ほどある。
それを思うと、信仰というものをあまり好きになれない。

もしかしたら桔梗は神託によって命を狙われる事になったのかもしれない。




「キョー様の住んでいらした所では、神様の存在は信じられていないのですか?!」

驚いたようにフリージアが言う。
どうやらこの国も信仰深いようだ。


「人それぞれだよ。信じる人もいるし、信じない人もいる。私は・・・・あまり信
じていないてことになるのかなぁ。熱心に信仰はしてないし。」

「そうなのですか・・・。私は信じていますわ。だって、この国では確かにフェン
リル様の守りを感じることができますもの」

笑顔でフリージアが言う。

「フェンリル様?」

ジャスティが教えてくれたおまじないに、関係あるのだろうか。

私の問いに、ラティスが応えてくれた。

「狼神“フェンリル”。創世記に出てくる神々の一人、というよりは一匹というべ
きでしょうか。この国はその加護下に在ります。そして狼神“フェンリル”の血を
引くのが、この国“フェンリス”の王家です。そのせいなのか、前にも言いました
けど赤毛は王家の直系にしか現れません。ですから、赤毛の者にしか王位継承権は
ない、なんて決まりもあるくらいです。」


ラティスがそこまで言うと、フリージアがうっとりした表情で言った。

「私も一度、狼神“フェンリル”の絵画を見させて頂きましたが、とても美しい狼
なのですよ。特にあの深い緑の目は印象的で、ジャスティ様はあの血を良く引いて
いらっしゃると実感しましたわ。」



その言葉で、脳裏にある光景が蘇った。

この世界に来たあの日。

「・・・銀色の毛並みの凛々しい大きな狼・・・・艶やかで美しい赤毛の美女。」



気づかずに口に出していたらしい。
三人が驚いた顔をしている。

「な、なんで知ってるんだ?!」

フリードライツが珍しく慌てた様子で言った。

「え?・・・あ、前に見たこと思い出して・・。」

「前っていつ?!」

「い、いつって・・・初めてこっちに来たときに・・・あの、その。」


ジャスティと唇が触れたあの時の、あの瞬間だ。
その時の様子を思い出して、桔梗は耳まで真っ赤になる。

うわっ、唇の感触まで思い出してしまった!!
忘れなきゃ!!あれは、事故!っていうか、人工呼吸みたいな!
言葉を知るために仕方なくだし!深い意味はないし!!


桔梗は頭の中で、一生懸命に存在しない誰かに向かって、弁解する。



そんな桔梗の様子で、いつか分かったらしいフリードライツは、いつものようにか
らかうことはせず、何やら考え込んでいた。

「キョーはやっぱり。そうか・・・だからアイツは・・・。あ!もしかして・・。」


「何??どうかしたの?」

「え?!・・・いや、別に。ちょっと思い出したことがあって。わりぃ、俺先に帰
るわ。」

突然のフリードライツの行動に、付き合いの短い桔梗は当然として、付き合いの長
いはずのラティスとフリージアも意味がわからず呆然としていた。




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