The legendary poetry of gods
--- two ---

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その日の夕方。
桔梗はいつものように、花園へ行った。

この場所はどこか神秘的で、不思議な感覚がする。
それに最近になって気がついた事がある。

ここの花は枯れないのだ。
まるで時間が止まってしまったかのように、絵画のように少しも変わらない。

けれど怖いとか不気味だとかは、全く感じない。
優しく、神の慈愛が溢れているかのような暖かさがある。



桔梗はお気に入りの、真っ白で可愛い花の模様が彫られたベンチに腰を下ろす。

瞳をとじて、甘く爽やかな花の香りと優しく頬を撫でる風を感じた。





しばらくして、桔梗の隣に人の気配を感じたので、目を開けるとジャスティが座っ
ていた。

「久しぶり。」

ここで、会うのすら10日ぶり。
だからなのだろうか、なんだか緊張してしまう。

「久しぶり。ジャスティ・・・痩せた?」

「え、そう?自分ではそう思わないけど・・・。」

「ちゃんと食べてる?忙しいからって、食事抜いたりしてない?ダメだよ。育ち盛
りなんだから、しっかり食べないと!」

私の言葉にジャスティは苦笑している。

「大丈夫。ちゃんと食べてるよ。ラティスもフリードも口うるさいから、ある程度
休息もとってるし。痩せたように感じるなら体が引き締ったのかな。仕事の憂さ晴
らしに剣の稽古で、体を動かしたりしてるから。」



そう言われてみれば、ジャスティの体は細身だけれど、細すぎるということはない。
肩幅だって広いし、腕は結構太くて・・・全身が無駄なく鍛えられていることがわ
かる。

初めてこの世界に来たときにも助けてくれたのだし、あの時一人で行動していたと
いうことは腕が立つということだろう。
王子だからと言って守られているというわけでもないらしい。

それに、顎のラインがすっきりしてきたのは成長期だからなのかもしれない。
知らぬ間に背も伸びているようだし、17歳の男の子には当然のことだ。



「・・・キキョー?どうかした?」

じっと見たまま何も言わない桔梗に、ジャスティは困ったように声をかける。
その声で我に返り、桔梗は慌てて視線を逸らした。

「な、なんでもない。」

「そう?ところで、何持ってるの?」

ジャスティは桔梗が手に持っていた、綺麗な水色のストライプ柄の紙袋を指差して
聞く。

「あ、これは・・・ジャスティにあげようと思って。その、今日はフリージアと一
緒にお菓子を作ってね。ラティスとフリードは一緒にお茶した時、食べてもらった
し。美味しいって言ってくれたから、ジャスティにもあげたいなって思って。」

深い意味はないけれど、こうゆうのは照れくて、早口になってしまう。

「そっか。わざわざありがとう。大事に食べるよ。」

ジャスティは特に照れたりすることも無く、笑顔で受け取ってくれた。



うっ、王子様スマイルは健在だ。

これが学校だったら、後ろから『キャー』っていう奇声・・・もとい女子生徒の可
愛い声が響いているだろう。





「ところで・・・この場所ってどうして特別なの?これだけ綺麗なのに、誰も来な
いし、花は枯れないし。」

桔梗の言葉に、お菓子を食べていたジャスティの手が止まる。

「やっぱり変だと思うよな。花が枯れないって・・・気味悪いって思うか?」

「ううん。そんな事ないよ。ここは綺麗だし、なんていうか優しい・・・懐かしい
感じがする。遠い昔に失くしてしまった物が戻ってくるような嬉しさが湧き上がっ
てくるの。・・・・ごめん。変なこと言ってるよね。」


桔梗の言葉にジャスティが真剣な表情をしたので、変な女だと思われたに違いない。
こんな話しなければよかったと、桔梗は自己嫌悪に陥る。




「・・・ここは“神の庭”とか“ミロンの庭”って呼ばれているんだ。」

ジャスティが呟く。

「ミロンって言うのは、神様の名前なの?」

「いや、ミロンは人間の女性だよ。俺の先祖って言われている。」

「ジャスティの先祖・・・てことはこの国の王妃様?」

「正確には違うけど、狼神“フェンリル”の后だったといわれている。この国の初
代国王が2人の息子なんだ。」

「神様と結婚した女性・・・。そして、その子供が国王・・・。」


現代の日本で育った桔梗には、いまいち真実味が持てない。
だいたい、神がいる、いないの以前に神と人間で結婚出来るのか。

ああ、でも巫女さんとかってそうだったのかな?神父さんも?

その手の知識に乏しい桔梗にはわからない。

精神的な意味での結婚かな?でも、それで子孫って残せるのか・・・。
いや、そもそも神様でも、相手は狼じゃん?!
種族も違う、住む世界も違うもの同士が結ばれるって・・・かなり凄い気がする。



そんな事を考えていると、ジャスティは困ったような顔をして言った。

「日本にいた桔梗には信じられない話かな。あの国では、あまり神様を信じている
若者はいないようだったし。でも、俺を含めて・・・この国ではみんなに信じられ
ている話なんだ。」










約5万年前。
フォリネでは多くの神々と人間は仲良く暮らしていた。

その中に気高く美しい、ミロンという人間の女性がいた。
彼女はどんな人間よりも美しく、どんな女神達よりも清らかな心を持ち、神々から
も人間からも愛されていた。
多くの女性達も、あまりの彼女の美しさや優しさに嫉妬よりも愛情を持った。

ただ一人、女神“シャリート”を除いて・・・。


女神“シャリート”は美しかった。
それこそ、女神の中でも群を抜く美貌の持ち主だった。
彼女は自身の美しさを鼻にかけ、他の女達と自分にいい様に扱われる男達をあざ笑
っていた。


しかし、ミロンが生まれて以来、彼女の美貌が霞むようになった。
多くの者が彼女より、ミロンを愛しだした。


怒った女神“シャリート”は、彼女を亡き者にしようとした。
慎重に秘密裏に計画は立てられ、実行された。


けれども、それは狼神“フェンリル”によって防がれた。

いつも孤高の存在であり、気高く強い狼神“フェンリル”は女神“シャリート”の
計画に気づいていたのだった。
卑劣を許せないと狼神“フェンリル”が、間一髪のところでミロンを守った。


事態に気がついたみんなは、女神“シャリート”を責めた。

女神“シャリート”の怒りの激しさに、ミロンが危ないと感じた神々は女神“シャ
リート”を封印してしまった。

命を救われたミロンは狼神“フェンリル”を愛し、彼に永遠の忠誠と愛情を捧げた。


やがてミロンは狼神“フェンリル”の子供をもうけ、その子供が女神“シャリート”
の封印を見守る番人となった。

女神“シャリート”が封印されるその地に、番人は狼神“フェンリル”の国として
“フェンリス”を築いた。


人間であるミロンはやがて天寿を全うして星になってしまう。
そのことに深く悲しんだ狼神“フェンリル”にミロンは永遠の愛を誓い。
やがて魂は生まれ変わり、狼神“フェンリル”の元へ戻ってくると告げる。


それを信じ、待っていた狼神“フェンリル”はあまりの歳月の長さに耐え切れず
自らもミロン共に自分達の子孫として生まれ変わると宣言し、永い眠りについた。

狼神“フェンリル”が眠りにつくと、女神“シャリート”の封印は徐々に弱まって
いった。


そして、何度目かミロンと狼神“フェンリル”の魂を持つ者が生まれ、死した後。
弱まった封印の隙をつき、女神“シャリート”は逃げ出した。

けれども、あまりのも長い間封印されていた女神“シャリート”は己の力を失いつ
つあった。

最後の力を振り絞り、女神“シャリート”の国として“リタン”を築いた。
やがて自分を維持することも難しくなった女神“シャリート”は、狼神“フェンリ
ル”の真似をして、自身も子孫として生まれ変わると決断した。










「それ以後、ミロンと狼神“フェンリル”が生まれ変わる時は必ず、フェンリスと
リタンの間で戦が行われる。けれども、決着は一度もついていない。生まれ変わる
間の数百年間は平和だし。数え切れないほど協定を結んだが、女神“シャリート”
の生まれ変わりが現れると壊れてしまう。」




「それほど、女神“シャリート”の恨みは深いんだ。5万年経っても薄れないくら
いだしな。見た目の良し悪しごときでどうしてそこまで怒れるんだか・・・。」

呆れたようにジャスティは言う。

「まぁ、これだけ経てば、もう意味なんてないんじゃない?ただ、もう憎い思いし
か残ってないのよ。なんだか、可哀想な人よね。」

桔梗が悲しげに言うと、ジャスティは意外そうな顔で桔梗を見た。

「可哀想か・・・。そういう考えもあるんだな。」

ジャスティが呟き、桔梗をジッと見つめたので、桔梗は恥ずかしくなって話題を逸
らす。

「それより、リタンの女王は女神の子孫なの?化身って今日聞いたけど・・。」

「それは、それに近いって事だ。実際リタンの女王は女神“シャリート”の操り人
形だ。けど、操り人形って言うよりは化身・・・心が一つのようなものだって言い
たいんだろ。」

「操り人形・・・。」


神託に従うからだろうか?

桔梗の疑問を読み取ったように、ジャスティは頷く。

「ああ。この国もリタンも王家の直系は子孫だから声が聞ける。ただ、狼神“フェ
ンリル”はミロンの事に関して以外は口出しはしない。一方でリタンは未だに女神
“シャリート”が支配している。ただ、この国と違って生まれ変わり以外は、あま
り声も聞けないらしい。だから女神“シャリート”もそこまで出しゃばれない。そ
のおかげでフェンリスと協定を組めたんだろけど。」


「神様の声が聞こえるの?!」

桔梗はなんともいえない思いで尋ねるが、ジャスティはあっさり認めた。

「俺は狼神“フェンリス”と対話できる。フリードだって聞こうと思えば声は聞こ
える。」

「え、じゃぁ・・・今も話せるの?」

「ああ。ただ、対話するには狼神“フェンリル”の許可が要る。向かうから話しか
けてくる時は問答無用で連れてかれるんだけどな。」

「連れてかれる?」

「そう。精神の世界っていうか・・・体はこの場所にあるけど心だけ狼神“フェン
リル”の所に行く。実際に対面してる感じで姿も見れる。まぁ、一方的に声を聞く
だけなら・・・行く必要はない。なんていうか、学校で放送とか聞いてる様な感じ
で、それが王家の者にしか聞こえないだけ。・・・信じられない?」


何ともいえない様子で聞いていた桔梗を見て、ジャスティは困ったように聞く。

桔梗は首を振って否定する。

「そんな事ない。嘘つくなんて思ってないし。この国というか、この世界なら何で
もありな気がしてしまうもの。」

「そっか。まぁ、桔梗にとってはそうだよなぁ。」

ジャスティは苦笑する。

実際、この話が地球上の出来事なら、真に受ける人はいないだろう。
新しい宗教の勧誘か何かと思われるに違いない。

でも、ここは地球じゃないんだし神様が実在したっておかしくない。
別次元に行くのだって、実際桔梗が体験したことだし。
それに魔法だって体験したのだし。


・・・・・・・・・。

魔法ってのは禁句だった。

本日二度目。
また思い出してしまった。

おまけに昼間と違って、ジャスティが目の前にいるのだ。
無意識に、視線がジャスティの口元にいってしまう。
桔梗は真っ赤になって俯いた。


その様子をジャスティは不思議そうな顔で見つめていた。





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