Poetry of the country which Leviathan influences
--- one ---

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すっかり元気になって数日がたった。
しかし寝込んでいたせいか、体が鈍ったように感じる。


その事をフリージアに話すと、リハビリも兼ねて街へ出ようと誘ってくれた。

もうすぐ何かのお祭があるらしく、街には人が集まり賑わっているから、ずっと城
にいて退屈していた桔梗も楽しめるだろうと、フリージアは考えてくれたからだっ
た。


けれど人が集まれば、よからぬ事を企む者はどこにでもいるものだ。

そのため、ジャスティ達が心配するだろうから、出かける事はきちんと伝えておく
べきだと、フリージアが言うので、ジャスティ、フリードライツ、ラティスを探し
たのだが、いつもいる部屋のどこにも3人の姿はなかった。


と言っても、どこにリタンのスパイがいるか分からないからと、桔梗が行ける場所
は限られており、城内でも桔梗が知っている場所といえば、生活している神殿か
ミロンの庭くらいである。



ジャスティが生活している塔にも何度か足を運んだが、その時も極力人がいない時
間を選んだりと、まるで泥棒にでも入るみたいに、こっそりと忍び込むように訪ね
た。


城で働いている人と接点がないわけでもないが、桔梗の事はラティスの親族として
伝えられているらしい。


ジャスティが周囲の目がある時に素っ気ないのは、その事も関係しているのだろう
か?











そして今、ジャスティ達の姿を探している内に、いつの間にか神殿から離れ、初め
て来る場所に来てしまっていた。

いつもなら、ここまで来る前にジャスティ達の姿を見かけるか、誰かに会いそうに
なって引き返したりしていたのだが、今日は運がいいのか悪いのか、誰にも会うこ
となく、人気のない塔まで来てしまった。






『茨姫』や『眠れる森の美女』の名で有名な童話の世界に迷い込んでしまった様に
植物で覆われた建物は、少なくとも数年は誰も手入れをしていないと思われる程、
窓には埃が溜まり、扉には取っ手には鎖がまかれて、閂がかけられている。

立ち入り禁止とは書いていないものの、立ち入るべきではない事は雰囲気でわかる。



しかし人間、禁止という名の誘惑にほど弱いものはない。

桔梗は辺りを見渡して人がない事を確認し、塔の裏の方へと足を運んだ。



塔の裏口もしっかりと施錠してあることを確認して、少しがっかりした気持ちで裏
庭にあった椅子に腰を下した。

綺麗な模様が描かれた椅子は、その椅子と同じ模様のテーブルと一緒に綺麗に並べ
らていた。

よくよく観察しみると、今は荒れ放題の裏庭でも、花壇に挟まれたレンガの道があ
り、その先には綺麗な彫刻が目を惹く小さな噴水まである。

手入れをすれば、綺麗で可愛らしい庭が出来上がるだろう。
かつてのこの塔の主は女性だったのかもしれない。




そんな事を考えて休憩していると、こちらに人が来る気配がした。


ここで誰かに会うのはマズイ!

とっさにそう考えた桔梗は噴水の裏へ走り、身を隠す。




近づいてくる足音と比例するように、心臓の音が大きくなる。
それを深呼吸して一生懸命抑えながら、桔梗は息を殺して気配を消す努力をする。




足音の正体は2人の男で、どちらも桔梗がよく知っている2人だった。
桔梗はホッとして2人に近寄ろうとしたが、何やら声をかけ難い雰囲気に体が動か
ず、そのまま2人から隠れて話を聞いてしまった。











「なんでだよ!父さんの言うことに納得なんて出来ないに決まってるだろ?!」

「落ち着けよ。俺だって納得しているわけじゃない・・・けど、親父の言うことも
わかるって言ったんだ。お前だって本当はわかってるんだろ?」

小さな子供を諭す様に、フリードライツは優しくジャスティを宥める。

「・・・わかりたくもない。」

ジャスティは下を向いて表情はわからないが、その声には怒りが満ちている。

「・・・親父だって、本心で望んでいるわけじゃないだろうさ。お前が、今の態度
のままでいるくらいなら・・・その方がマシだと言いたいんだろう。」

フリードライツの表情は、いつもの明るい態度が嘘のように、悲しげで寂しそうだ
った。






「・・・俺の態度の何が悪いんだ?」

ジャスティは問うが、返事を求めていない事は明白だった。

「・・・素直になれよ。」

「俺は自分の心に嘘なんかついてない!」

ジャスティが言い捨てるように言うと、フリードライツも声を荒げる。

「嘘ついているだろ!お前は桔梗が・・・。」

「違う!俺は・・・・桔梗に特別な感情を持った事はない。」

「嘘つくなよ!じゃぁ、なんで忙しいくせに、時間を作ってまで会いに行くんだ?
なんで、寝る時間を惜しんでまで、文献を調べてるんだ?!桔梗の為だろ?!」



フリードライツの言葉に、ジャスティは一瞬戸惑うように視線を彷徨わせてから呟
いた。



「それは・・・・・・約束したからだ。必ず、桔梗は向こうに帰す。その為に、調
べるのは当然だろ?それに、こっちで桔梗が頼れるのは俺達だけなんだ。様子を気
にかけるのも当たり前じゃないか・・・。」





「それ、本気で言ってるのか?」

「・・・ああ、もちろんだ。」

フリードライツが静かに問うと、ジャスティは頷く。








「どうしてだ?どうして・・・お前は、誰かを愛する事は罪だと思ってるのか?」

フリードライツが悲しそうに尋ねると、ジャスティはフリードライツを真っ直ぐ見
据えて宣言する様に言った。

「そうじゃない。けど俺は・・・誰も愛さない。誰も・・・好きにならない。」





しばらく、にらみ合うように2人は向き合い、先に視線をそらしたフリードライツ
が、小さく呟いた。

「親父がなんで、ここを壊す事にこだわるのか、よくわかった。もう、あいつの事
は忘れろ。」

「フリードまで・・・そんな事を言うのかよ。」



ジャスティはフリードライツを睨みつける。
フリードはジャスティの視線を受け止めて、静かに言う。

「あいつは、もういないんだ。」

「だからって!忘れるなんて出来ないに決まってるだろ!」

「・・・いなくなってしまった人に縛られるなんて間違ってるんだ。」




「俺は縛られてるつもりはない。自分の意思で決めた事だ。誰にも文句は言わせな
い。・・・それに、お前が言うな。お前は誰よりも知っているだろ!いつも一緒に
いたんだから!」


ジャスティは何かに耐えるような顔で、声を絞り出しながら続ける。


「お前は誰よりも知ってるだろ・・・・・・大好きだったんだ!大切だった!一緒
に護っていこうと誓ったのに・・・俺達は護れなかったんだ。その彼女を・・・・
お前は本当に忘れられるのかよ?!」





ジャスティはフリードライツの服を掴み、今にも殴り出しそうだ。
しかし、フリードライツは抵抗する事もなく、ジャスティを見返した。


「そうだな。・・・忘れないだろう。だが、縛られるつもりもない。・・・彼女は
そんな事望んでいない。」


「どうして、お前にそんな事がわかる?彼女は最後に・・・忘れないで欲しいと言
ってたのに。」


「わかるさ。ずっと傍で見てたんだ。そうでなければ・・・あいつは何の為に命を
落としたんだ?・・・お前の幸せを願ってたからだろう?」



ジャスティは手を放すと、まるで迷子になってしまったかのように、戸惑った表情
を浮かべて黙り込む。







短い沈黙の後、ジャスティはフリードライツに背を向けた。




「俺は・・・誓ったんだ。誰も愛さない。たとえ・・・・・。」


「フェンリルの意に背く事になっても・・・。」




その言葉を残し、去っていくジャスティの背中をフリードライツは見送る。




そして姿が見えなくなると、空を見上げて呟いた。

「お前が望んだ未来は・・・こんなのじゃないよな。・・・・なぁ、そうだろ?」



「プリムラ・・・・。」











どうやって神殿に戻ったのかは覚えていない。
気がついたら、フリージアとラティスに挟まれるように部屋まで連れられていた。


桔梗がいなくなった事で、2人は慌てて探してくれていたみたいだが、その事に謝
罪するゆとりもなく。ただ、2人の言葉が頭の上を通り抜けていく。


桔梗の様子がおかしい事に気がついた2人が、顔を見合わせているのに気がつかな
いほど、桔梗はぼんやりとしていた。



自分でも、どうしてこんな気持ちになっているのかがわからない。
そもそも、この気持ちは何なのだろう?

ショックを受けているのかも知れないが、何に対してショックだったのかもわから
ない。

いつもと違う二人の様子だろうか?
それとも、ジャスティが桔梗に特別な感情を持っていないと言ったこと?
それとも・・・すでにいなくなったという人の話をきいてしまったから?




ジャスティの言葉が頭の中で繰り返される。

“大好きだったんだ!大切だった!”

“その彼女を・・・・忘れられるのかよ?!”



ジャスティが好きだったという女性。

そんな女性がいたことにショックを受けた?
その女性が、亡くなってしまっていること?



“誰も愛さない”

彼女の事をずっと思い続けるということだろう。
失ってもなお愛し続けるなんて・・・物語ならそれほど美しい話はない。

女性なら誰もがそれほどまで愛されてみたいと思うだろう。
けれども・・・フリードの様子からするとそれが悪い事のようだった。

何故?

もちろん、王子なのだから一生独身でいられるのは国家問題かもしれないが・・・。
フリードがジャスティを弟のように大切に思っているのは、誰が見てもわかる。
そのフリードが、国家問題だからなんていう理由で反対するとは思えない。


わからない。
わからないから、気になっているのだろうか?

それとも、いつの間にかジャスティに惹かれていた?


自分の気持ちがわからない。
それに・・・。


“俺は・・・誓ったんだ。誰も愛さない。”





“たとえ・・・・・フェンリルの意に背く事になっても・・・”


その言葉が、妙に気にかかった。




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