走って部室に行き、手早く着替えると鏡で身なりを整える。
本当は髪を可愛く結び直したりしたいが、時間がかかるので諦めてポニーテールの
ままにする。



更衣室を出ると、歩はドアの横で待ってくれていた。
誰かと電話をしているらしく、こっちに気がつくとジェスチャーで待てという動作
をする。


「・・・・・・ああ。・・・・・・わかったって!桃が出て来たから、切るぞ?
ああ、じゃ後で。」




『後で』という事は、今ファミレスにいる誰かが相手だったのだろう。


余りに遅いから心配したのだろうか?



「遅くなってごめんね!・・・みんな怒ってた?」

「いや。・・・つーか、ゆっくり来いってさ。」

「?・・・なんで?」

いつもなら待たせると文句ばかりいう人達が、そんな事を言うなんて不思議だ。

「なんでって・・・俺らが2人でいられるよーにだろ。」

「え?!」

言われて気がつき、思わず顔が赤くなる。




「お前って・・・・・ホント鈍い奴。」

「そんなことは・・・・。」

ない、とは言いきれずに言葉を濁すと、歩は笑う。

「そんなことなくない、だろ?さっきだって・・・。」

「さっき?」


後輩達の会話について行けなかったことだろうか?



「ま、いっか。それより行くぞ。」












ファミレスは学校から歩いて15分とかからない場所にある。
けれど15分経っても、2人はまだファミレスについてはいなかった。

少しでも長く一緒にいたいと思ってゆっくり歩いていたのだが、歩も特に何も言わ
ず歩調を合わせてゆっくりと歩いてくれた。



歩も少しは2人でいたいと思ってくれているのだろうか?



つき合ってから明日でちょうど一ヶ月になる。
それなのに、未だにデートもしていない。

土日も部活があるし、歩は練習で疲れているだろうから帰りに寄り道することも
躊躇われる。

そんな風に考えているうちに一ヶ月経ってしまった。



2人きりでいられるのは学校から駅までの数十分。
帰ったら疲れて寝てしまうので、オヤスミのメールを送り合うだけ。

友達の頃と何も変わっていない。
そのせいか、歩とつき合っている事を知っているのはサッカー部のみんなだけだ。

特に隠しているわけでもないのだが、二人の態度に変化がないからか、つき合って
いるとは誰も思っていないらしい。



明日は久しぶりの休日。
一日中休みになるのは滅多にないことなので、できれば一緒に過ごしたい。


でも・・・久しぶりの休日はゆっくり休みたいのでは、と考えてしまって誘えない。






歩はどう思っているんだろう。


少しは一緒にいたいって思ってくれてる?

触れそうで触れない、その手を握りたいと思っているのは私だけ?

私と一緒にいるのは嫌じゃない?

もしかして、たった一ヶ月で面倒になった?








そんな事を考えていたせいか、すぐ傍にいるのに歩の心は遠くにあるような気がし
て、寂しくなった。


一緒にいる時間はすごく幸せだけど、同じくらい悲しくもなる。






気がついたらファミレスの前に来ていて、2人きりの時間もこれで終わりだと思う
と、無意識に足を止めていた。



「桃?どうかしたのか?」

歩の声が聞こえたが、何と言っていいか分からず。
それに顔を見ると考えていた事を言ってしまいそうで、そして、その答えを聞くの
も怖くて、俯いてしまう。








「・・・あのさ。」

沈黙を破ったのは、歩のほうだった。

その声に少し緊張を含んでいるような気がして、何を言われるのか怖くて体が竦む。


けれど、そんな様子には気づいていないのか、歩は話を続ける。

「明日。・・・・・時間ある?」

「え?」



一瞬、何を言われたのか分からなくて、顔を上げて歩を見る。
瞳をそらして困ったような、恥ずかしそうな顔をしている。


「だから、明日は暇?」

返事を急かすように聞かれたので、慌てて頷く。

「あ、うん。特に何も用事はないけど・・・。」


その言葉を聞いて、歩は少し頬を緩めるようにして笑った。

「じゃ、どっか遊びに行こうぜ。」

「え?・・・でも歩、疲れてない?」

「平気だって。そんなにヤワじゃない。それとも、お前はゆっくり休みたい?」

「違うよ!歩が嫌じゃなければ・・・・・一緒にいたい。」





言ってから凄く恥ずかしい事を、言ってしまったんじゃないかと思い、真っ赤にな
って俯く。

歩が何も言わないので、余計に恥ずかしい。


今すぐここにドラえもんを連れて来て、タイムマシーンに乗って過去に戻って言葉
を取り消したい。



そんな、ありえない事を考えてしまうほど、パニックになっていると。

突然、歩に腕を引っ張られて、抱きしめられた。



「あ、歩?!」


ビックリして叫んでしまったが、歩の腕の力は緩まない。


自分の心臓の音が煩くて、全身が真っ赤に染まって熱くなる。





「お前さぁ・・・・ずるい。」


耳元で、歩が囁く。

嬉しさや恥ずかしさで混乱しているところに、歩がそんな事を言うので余計混乱し
てしまう。


「え?!な、何で?」

その問いには答えず、歩は腕の力を緩めると、桃の顔を覗き込む。


こんなに至近距離で顔を合わせるのは初めてで、恥ずかしくなって逃げるように視
線を逸らすと、頬に歩の手が触れて、無理やり視線を合わせられる。



「あ、歩?あの・・・。」


離して、と言おうとした言葉は、口を封じられて言えなかった。






一瞬だけ触れた唇は、何をされているのかも理解しないうちに離されてしまい。

キスをしたと理解した時には、歩は腕を解いて歩きだしていた。




けれども、一向に動く気配のない事を不思議に思ったのか、こちらを振り返った。




真っ赤になって固まってしまっている私を見ると、歩は笑いながら戻ってきた。

「お前すげぇ顔真っ赤。」

「なっ!だ、誰のせいだと・・・。」

「はいはい。俺のせいだよなー。」

少しムッとして言い返そうと思ったが、歩に手を握られて何も言えなくなる。

「みんな待ってるし、早く行こうぜ。」

そのまま、手を引かれて歩き出す。




みんなの前まで手を繋いで行くのは恥ずかしいけれど。
けど、手を放してしまうのは嫌だから。

だから、繋いだその手を放さないで欲しいという気持ちを込めて、ギュッと握ると
歩も握り返してくれた。








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この話の視点もあります。よければお読み下さい。

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